「あら、どうしてそう思うのかしら?」

 俺の言葉にダースは微笑む。
 理由を訊ねるその声には、どこか冷たい色があった。
 まるでこちらを殺さんとするような敵意を向けたそれに、固い唾を呑み込む。しかし出てしまった言葉は、もう戻らないのだ。俺は真っすぐに受け止めて、

「理由はいくつかあるけど――」

 そう切り出した。

「一番おかしいって思ったのは、ミレイが誘拐された時だよ」
「……そう。あの時、私も怪我をしていたけれど?」

 ダースは首を傾げる。
 そんな彼に向かって俺は、深呼吸1つ、こう続けた。

「怪我をしていたとかは関係ないんだ。おかしいんだよ。敵がわざわざ、ミレイをどこに連れ去ったかを話すわけがない。それなのに、ダースはミレイがどこに連れ去られたのか、断言してみせた。事実そこにミレイはいた。けれどもそれを知っているってことは、つまり――」

 俺は拳銃を取り出し、こう宣言する。


「内通者以外に、あり得ない」――と。


 凶器を向けて。
 ダースは笑みを崩さずにそれを聞いていた。
 なるほどね、と。小さく頷いてから、こう言った。

「たしかに、その可能性はあり得るわ。私が御堂財閥に情報を流していたかもしれない。――でもね、ミコトちゃん? こうとも考えられないかしら」
「……それは、どういう意味だ?」

 余裕を持った声色で、彼はそれを口にする。


「私はあえて御堂に情報を流した――『スパイ』だ、ってね?」


 そして、それは俺に迷いをもたらした。

「どういう、ことだ……?」
「ここまでバレてるなら、もうハッキリ言うわ。ミコトちゃんの言う通り、御堂に情報を流したのは――他でもない、私よ」
「………………」

 沈黙していると、ダースはさらに続ける。

「私は御堂財閥と『イ・リーガル』の反体制派が、繋がっている情報を得ていたの。そして、そこに大きな金の流れがあることも掴んでいた。だから――」
「あえて、ミレイを危険な目に遭わせた、ってのか!」
「それは申し訳ないことをしたわ。あそこまで相手が早く動くとは、思っていなかったの。でも、結果として御堂財閥から反体制派への金の流れは止められた」
「結果論じゃダメだろ! 彼女の命がかかってるんだぞ!!」
「………………」

 彼の主張に俺は声を荒らげた。
 信じられない。そんな危険を冒すなんて、信じられなかった。
 何よりも守らなければならない女の子の命を、組織を守ることと天秤にかけるなんて。少なくとも、俺には思いつきもしない考えだった。

 俺の怒りにダースは沈黙する。
 そのままの状態で、しばしの間が生まれた。

 どれほどの時間をそうやって過ごしただろうか。
 不意に、ダースはこう言った。

「ミコトちゃんは、ミレイお嬢様のことが好きなのよね?」

 それは、あまりに場違いな質問。
 俺は思わず呆気に取られて、銃を下げてしまった。

「私はね、実はボスのことが好きなの。心から敬愛している」

 それを見て、彼はこちらに歩み寄りながら語り始める。

「だから、そんな方の娘であるミレイお嬢様を殺めるなんて、できないの」

 ダースは、俺の手から銃を取った。
 そしておもむろに、自らの側頭部に銃口を突き付ける。

「これは、絶対の忠誠よ。でも、もしそれが間違いなのだとしたら――」


 彼はまた、優しく微笑んで引き金に指をかけた。



「私はここで退場するわ」



 目を疑った。
 俺には分かった。
 彼が本気なのだと、俺には分かった。

「ダース……!?」

 何故なら、彼の寿命が一気になくなっていったのだから。




 一発の銃声が、体育館裏に鳴り響いた。




 心臓が張り裂けんばかりに、脈打っている。
 呼吸が荒くなっていた。
 ダースは……。


「あらら。うふ、冗談に決まっているじゃない?」


 俺に腕を押さえ付けられながら、そう笑った。
 そんな彼を見て、俺は――。

「馬鹿か!? 冗談じゃなかっただろ! 何考えてるんだ!!」

 怒りを吐き出した。
 間違いなく、ダースはここで死のうとしていた。
 こちらが止めに入らなければ、間違いなく、命を絶っていたのである。

「ここまでしないと、ミコトちゃんは信用しなさそうだから?」

 首を傾げるダース。
 そこには、いつもの笑みが浮かんでいた。
 全身に冷や汗をかいている俺とは、まるで真逆。涼しい顔だった。

「でも、これで信じてもらえるかしら」
「…………分かったよ」

 大きく肩を落とす。
 銃を受け取って仕舞うと、思い出したようにダースはこう言った。

「あぁ、そうね。ミコトちゃんには、これを渡しておこうかしら」
「ん……? なんだ、これ。写真……?」
「えぇ、私とボス。それと――」

 懐かしそうに、目を細めながら。

「ミレイお嬢様の、お母様よ」

 受け取った写真に目を落とすと、そこには仲睦まじい3人の姿があった。
 肩を組んで、本当に幸せそうに……。

「……はぁ。本当に、お前はバカかよ」

 俺は思わずそう漏らした。
 最初から、この写真を見せれば良かったのに、と思う。
 これほどまでに、幸せな関係を見せられたらすぐに、信じたはずだった。

「うふふ。これはね、他の人には絶対に見せない宝物なの」

 それでも、ダースはそう笑う。
 なんだろうか。肩の力が、一気に抜けていく感があった。

「そう、ね。ミコトちゃんには伝えておこうかしら――」


 だが、その時。
 おもむろに、彼は俺の耳元で囁くのだ。
 そして、それは――。






「アレンの動向には、注意しておきなさい」






 俺の身体を凍らせるには、十二分なものだった。