ミレイの足もそれなりに治った頃。
 俺たちは、アカネの主催するパーティーに招待された。
 脇腹を撃たれた傷は生々しく痛みはするが、我慢できないほどではなくなっている。そのため俺は、着慣れない正装をして、御堂邸を訪れていた。

「あんなことがあったのに、持ち直すもの――なんだな」

 エントランスホールからダンスホールへ。
 あの事件が嘘だったように思える賑やかさに、思わずそう漏らしてしまった。

「…………頭取が死んだのに、な」

 俺の記憶は途切れ途切れになっているため、非常に曖昧だ。
 それでも、世界的に有名な財閥の頭取の死は、大きくニュースでも取り上げられていた。死因は頭部を撃たれたことによるもの。
 しかし、犯人はいまだ不明とされていた。
 第一発見者とされた御堂アカネも、調査に有益な情報を持ち合わせていない。そうしているうちに、あらゆる証拠は隠蔽され、闇に葬られていったのだ。

 俺たち『イ・リーガル』と、財閥の協力者の手によって。

「でも、そこから立て直したのは――」

 アカネの実力だろう、と。
 俺には、そんな確信に近い思いがあった。
 父の死後に彼女は、財閥内にいるハジメ派の人間を排斥。そこから全体に向けて大号令を出し、事業を見事に立て直してみせたのだ。
 いまや彼女は、社交界で知らない者はいない有名人だった。

「にしても、海晴の奴はしつこかったな……」

 そんな相手からの誘いに、我が家はざわついた。
 中でも海晴は自分も行くと言って騒ぎ、実力行使するまで納得しなかったのである。結果として俺はミレイとアレン、あの場にいた面子でここへやってきた。
 隣を歩くドレスを着たミレイが、俺の呟きを耳にしたのか小さく笑う。
 そして、こう言った。

「海晴ちゃん、私にもお願いしてきたんですよ?」
「え……? ミレイ、海晴の連絡先知ってるの?」
「はい。SNSで繋がってて、仲良いですよ」
「マジか……」

 思わぬ新事実に、俺は苦笑い。
 肩を落とし、ため息をつくのだった。

「ミコト、諦めろ。お嬢様と海晴はすでに『マブ』というやつだ」
「お前、なんでそんな変な日本語知ってるんだよ……」

 すると、所々に包帯を巻いたアレンが口を挟む。
 だが言葉のチョイスにツッコんでしまった。なんだよ『マブ』って。いや、意味は辛うじて知ってるけど、フランス人の彼が使うと違和感バリバリだった。

 さて、ダンスホールの入口付近でそんな話をしていると、だ。

「いらっしゃいですわ。3人とも」

 本日パーティー、その主催者が姿を現した。
 身に着けているのはミレイ同様にドレスなのだが、やはり上流階級の人間だ、ということなのだろう。生地や装飾の細かさ、そして微かにあしらわれた宝石の類が気品を感じさせた。元々の素材も悪くないために、アカネは周囲の視線を一身に受けている。



「本日はお招きいただき、ありがとうございます。御堂先輩」
「赤羽さんは、ついでなのですけど。諸々のお詫びもありましたから」
「お詫びだなんて。私は別になんとも思っていませんよ? ――ふふふっ」
「あらあら。そうでしたの? そう仰られるのなら、今からでもお帰りいただいて構いませんわよ? お時間取らせて申し訳ございませんですわ」
「それとこれは、話が別なのですよ――先輩?」
「あら、そうですの。ふふふっ」



 ――え……? なに、この険悪な空気。

 にこやかに言葉を交わすミレイとアカネの間には、なにやら火花が散っているように思われた。いいや、比喩ではなく明確に散っていた。
 その理由が分からずに、俺は言葉を挟むことができない。
 すると、そんなこちらに声をかけたのはアレン。

 彼はポンと優しく肩に手を置いてきて、こう口にした。


「兄弟――強く生きるんだぞ」


 ――はい? なんですか、それ。

 どこか憐れむような色さえうかがえる彼の目に、俺は首を傾げるしかなかった。
 だが、そうしていると不意にアカネがこう話しかけてくる。

「ところで、ミコト。少しお話よろしいですか?」
「え、俺だけ?」

 まさかの指名に、俺は思わず呆気に取られた。


◆◇◆


「先日は、わたくしの父がご迷惑をおかけしましたわ」

 ダンスホールを抜け出してベランダに出ると、アカネは開口一番、そう言った。
 小さく頭を下げる彼女に、俺はどこか申し訳なってしまう。

「いや、いいよ。それよりも、良かったのか?」

 だから、話題を変えた。
 それとはなにか。言葉にしなかったが、アカネは意を汲み取ったらしい。ほんの少しだけ目を伏せた後おもむろに、どこか寂しげに口を開くのだった。

「父がしたことは許されることではありません。ですから、アレンさんのことを恨んではいませんわ。その点はまず、誤解のないようお願い致します」
「……………………」

 彼女の言葉に、俺は沈黙をもって肯定する。
 だがしかし、

「そして『イ・リーガル』との関係についてですが、こちらについては今後も情報の共有を図ろうと考えています」
「アカネは、それで良いのか?」

 次に出てきたそれには、そう訊いてしまった。
 すると令嬢は、小さく微笑んでこう言う。

「良いのです。父の仕事を引き継ぐのは、娘の役目ですから。――それに、ミコトに少しでも協力したいと、恩返しがしたいと思ったのですわ」

 それは、彼女の覚悟そのものだった。
 自分は自分の責任と向き合う。それが、一族の贖罪なのだから、と。
 まだ高校3年生である少女にとって、それがいかに困難な道であるかは、少し考えただけでも分かった。だが、それがアカネの選んだ道なのなら……。

「……そう、か。何かあったら相談しろよ?」

 俺には、否定する権利はない。
 だから後押しするように、優しく声をかけた。

「ありがとうございます、ミコト」

 アカネは胸に手を当てながら、にこやかに笑う。
 その胸中にどれだけの感情を抱え込んでいるのか、誰にも覚られないように。俺は思わずそんな彼女の頭を撫でていた。
 ほんの少しの抵抗はあったが、すぐに受け入れてもらえる。
 そうして、しばしの沈黙があった。

 だがそれを破ったのは、他でもないアカネ。
 彼女は一つ息をついてから、真剣な眼差しを向けて言った。

「――ミコト。貴方に伝えておきたいことが、ありますわ」



 そして、それは今後の俺たちの道に、陰を落とすもの。
 一度、目を閉じてから。ゆっくりとそれを開き、アカネはこう口にした。



「間違いありません。ミコトのすぐ傍に『裏切り者』がいます」――と。