「誰だ……!?」

 俺は声のした方を見る。
 地下室の入口――そこに立っていたのは、1人の初老の男性だった。
 口髭を蓄えており、身に着けているのは金の細いラインが入った黒のスーツ。眼鏡をかけたその顔立ちは、優しげな印象を受けた。
 微笑みをたたえたその男性は、余裕をもって言う。

「初めまして。私の名前は、御堂ハジメ――御堂財閥の頭取だよ」

 自分こそが、キミたちの敵である、と。
 そう宣言するようだった。

「お父様……!?」
「おやおや、アカネもいるのか。今日は寝ていなさいと言ったのに、悪い子だ」

 そんな父の姿に、思わず声を上げたのはアカネだ。
 彼女は悲喜交々といった表情で彼を呼ぶ。しかしそんな娘を見て、薄ら寒い笑みを浮かべた御堂ハジメ。芝居がかった口調と仕草で、少女のことを嘲笑った。
 俺は一目見て理解する。
 こいつには、娘に対する情というものがないのだ、と。

「これは、どういうことですの!? 『イ・リーガル』は、わたくしの命を狙っていたと、そう仰っていたではありませんか! それなのに――」
「あぁ、本気で信じていたのかい。それとも薄々、勘付いていたのかな」
「それって! どういう、意味ですの……?」
「分かっていて訊くのかい?」

 娘の必死な訴えに、クツクツと嗤うハジメ。
 そして、おもむろにこう語り始めた。

「金銭についての話があったのは本当だよ? ――『イ・リーガル』から、ね」
「それは、どういうことだ……?」

 そう切り出した彼に、割って入ったのはアレン。
 霞む目で必死にハジメを捉えているのか、瞬きが多く、呼吸も荒かった。
 そんなアレンの体力の消耗に気付いているらしい。まったく脅威ではないと、そう言わんばかりに財閥頭取はこう口にした。


「末端は知らないのかな。我々、御堂財閥と『イ・リーガル』が密な関係であること――そして、今のボスの娘を殺す手助けをしている、ということをね」


 それを聞いた、その場に居る全員が息を呑んだ。
 その宣言は間違いない。自分たちもまた闇の世界の人間であり、マフィアと癒着関係にあるということ、それの自白だった。
 おそらく御堂財閥に依頼したのは、反体制派だろう。
 しかし、その相手が反抗集団であることは重々承知であると、ハジメの目は語っているような気がした。罪悪感を抱いている様子は、微塵も見られない。

 その証拠に、彼はこうも語った。


「私たち御堂財閥は、反体制派に金銭の援助をする。その代りに事が上手く運んだ場合に、相応の報酬を得ることになっているんだ。さらに今、そこには莫大な金が転がっている――赤羽ミレイという、何千億という価値ある命がね!」


 それはもう、腐りきった言葉。人の命を軽んじたもの、外道のそれだった。
 こいつの目には、頭の中には、金のことしかない。人の心など、どこかに置き去りにした。その証拠に優しげだった笑みはいつの間にか、邪悪な色を帯びている。

 吐き気がした。
 こんな、ここまでの屑が生きていることに。

「お、父様……」

 そんな父の本性を見たアカネは、感情のない表情で大粒の涙を流していた。
 そしていよいよ許容範囲を超えたのか、その場にへたり込んだ。
 アレンはそれを支えて、優しく肩に手を置く。

「う、うぅ……!」

 少女のすすり泣く声が、金庫の中に響いた。
 しかしそんな娘など気にも留めず、ハジメは銃を取り出して構える。不自然に首を傾げながら、ケタケタと笑った。そして、

「いやぁ、実に愉快だね。何も知らないキミたちを見ているのは!」

 俺たち全員を小馬鹿にする。
 銃口をゆっくりと、ミレイの方へと向けて――。


「まさか『あんな近くにいる裏切り者』に気付かないなんて、ね」


 言って、引き金に指をかけた。
 その瞬間だ。



「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「なっ――!?」



 完全にこちらから目を切った、その時。
 俺は全速力で、一直線に、ハジメへと突進した。そして――。



「ふざ、けんなああああああああああああああああああああああっ!!」



 渾身の力を込めて、その綺麗な顔をぶん殴った。
 そこには、冷静さなどない。そこには、計算などもない。
 ただただ怒りを込めて。ただただこの男が許せなくて。ただただ、アカネの心を傷付けたコイツが、ムカついて仕方なかった。

 この行動が正解かなんて、分からない。
 それでも、俺はもう我慢の限界だったのだ。

「てめぇ、自分が何を言ってるのか、分かってんのか!?」

 馬乗りになって、ハジメへと拳を振り下ろす。
 まるで想定していなかった事態に、彼は防戦一方になった。
 そんな外道に、何度も何度も何度も、俺は全力の拳を叩きつける。だが――。

「やめて、ミコト――っ!」
「な――!?」

 声が聞こえた。
 それは、父を守ろうとする娘の叫びだった。
 その懇願に、俺は思わず動きを止めてしまう。すると、

「……良い子だ、アカネェッ!」

 当然に、隙が生まれた。
 ハジメは銃を俺の脇腹に宛がうと、迷うことなく引き金を引く。


「かはっ……!?」


 直後に、発破音と共に激痛。
 そして全身から、脂汗が噴き出した。俺はどうしようもなく――。


「ミコトくんっ!!」



 ミレイの悲鳴を聞きながら、その場に横倒しになった。