「――金庫は、この先ですわ」
「そっか。ところで、鍵はどうなってる?」
「普段なら閉まっていますけど、こればかりは行ってみないと……」
俺たちは地下への階段を下りながら、小声でそう情報を共有する。
先ほど倒した男たちからは情報を引き出せなかった。その代りといっては何だが、アカネがどこからか取り出した縄で縛る時に、武器をごっそりと奪った。
ナイフに拳銃、そして驚いたのは手榴弾まであったこと。
誤爆しないように気をつけながら持ち歩く。
「やっぱり、ここにもいるか。そりゃそうだよな……」
音を殺すようにして進むこと10分弱。
金庫があるという地下に辿り着くと、そこには先ほどと同様に黒服がいた。
それでも、部屋が狭いこともあってか人数は2人。しかし今までと異なるのは、その男たちの体格だった。一目見て、近接戦では勝てないと分かる。
もしかしたら、防弾仕様の何かしらを身に着けているかもしれなかった。
そう考えると無策に突っ込むのは、あまりに下策といえるだろう。
だとしたらどうするか。俺はふとアカネを見た。
そして……。
「――――あ」
ある秘策を、思いついた。
◆◇◆
「いや、まさか上手くいくとは思わなかったな」
「………………」
「それにしても、騙されやすい相手で良かった」
「………………」
「アカネもありがとうな。良い反応だったな!」
「………………」
「んー? アカネさん? どうしましたかー?」
作業をしながら、俺は無言のアカネに問いかけた。
すると彼女は小刻みに震えながら、涙目になって――。
「…………どうしましたか――じゃ、ありませんわよ!?」
そう、叫んだ。
地下室の中に響き渡る甲高い声。
耳にキーンとくるそれに、俺は思わず身を縮めた。
「ど、どうしたんだよ。なにを怒ってるんだ……!?」
「怒るに決まっているでしょう!? なんの相談もなしに、あんなこと!!」
そして目を白黒させながら訊ねると、そんなリアクション。
どうやらマジで怒っていらっしゃる様子だった。
「いや、たしかに相談なしでやったのは悪かった! でも――」
「分かってますわよ! 本気だと思わせないと、意味ないですものね!?」
がーっと、捲し立てるように。
アカネはその綺麗な顔を般若のように歪めながら、詰め寄ってきた。どうやら『アレ』が最善の手だと理解しながらも、本気で怖かったらしい。
まぁ、たしかに――。
「予告なし、人質作戦――ってのは、刺激が強かったか」
◆
俺はアカネの側頭部に銃を突き付けながら、男たちの前に立っていた。
引き金に指をかけて、相手が少しでも動けば彼女を殺せる、そんな状態で。それを見た男たちは明らかに動揺していた。しかし、どこかまだ余裕もあるようにも見えた。その理由がなにかは、俺にも分かっている。
なので――。
「ここまで、ありがとうな。アカネ」
そっと、彼女の耳元でそう囁いた。
すると今までキョトンとしていたアカネさん。
一気に青ざめて、警備の男たちに向かって声を荒らげた。
「お前たち、今すぐここから立ち去りなさい!? わたくし、ここで死にたくはありませんわ!! ――死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!?」
それは真に迫った演技――ではなく。
心の底からの、生への執着というやつだった。
◆
そんなこんなで、今に至るというわけで。
アカネはげっそりとし、大きく肩を落としながらこう言った。
「冗談ではなく、寿命が10年は縮みましたわ……」
「あぁ、それは大丈夫。縮みようがないから」
「どういう意味ですの……」
俺の切り返しに半眼で睨んでくる彼女。
そんな視線を無視して作業を進めること、さらに数分ほど。まるで部屋の入口のようで、されど重厚な造りがされた金庫の扉に、手榴弾のセットが終了した。
「あとは、起爆するだけ――と」
「貴方、本当に肝が据わってますのね」
俺が一つの手榴弾を手に額の汗を拭うと、アカネが疲れた声で言った。
肝が据わってる、と言われても首を傾げるしかない。俺はあくまで、ミレイのことを救いたい一心で動いているだけだったから。
「そんなことどうでも良いから、離れよう。そうしないと、本当に死ぬぞ?」
「断 固 拒 否 致 し ま す わ !!」
てなわけで、移動である。
そして階段の中ほどから、俺は起動した手榴弾を一つ放り込んだ。
すると、数秒の間を置いてから――。
「うおおおおっ!? 思ったよりもやべぇ!!」
「死にたくない死にたくない死にたくない!!」
轟音が鳴り響いた。
御堂邸全体が揺れたのではないかと錯覚する。
それほどの衝撃だった。だが、どうやら上手くいったらしい。
「開いてる、な。よし行こう」
金庫には、大きな穴が開いていた。
俺は自分の寿命を確認して、慎重にその中へと足を踏み入れる。
果たして、中にいたのは……。
「……ミコト、くん?」
「ミレイ! それに、アレン……!」
寿命の短い、最愛の少女。
そして、血まみれで意識を失ったアレンだった。