裏口から御堂邸に侵入すると、すぐにその物々しい空気に気付いた。
 違和感と呼べばいいのか、俺はそれをアカネに確認する。

「いつも、こんなに人がいるのか?」
「そんなわけがありませんわ。わたくしを誘拐する話が出た時も、ここまでの警備ではありませんでした。これではまるで、奥に何かがあると言っているようなものですわね……」

 自身の家の異変に眉をひそめた彼女を隣から見て、俺は顎に手を当てた。
 そして、少しばかり思考を巡らせる。

「ということは、ダースの情報は正しかった、ってことか」
「ダース……? どなたですの、それは」
「仲間だよ、俺のな」

 だが、すぐにやめた。
 いまはミレイを助けることに集中しよう。
 きょとんとしたアカネに短く答えて、俺は前を向いた。長く続く廊下にいる黒服を数える。目視で分かるのは、3~4人といったところか。
 いや、本当に注意すべきなのは人の視線よりも……。

「なにか、こう……赤外線の探知機とかって、あるのか?」
「ありますわよ。当然ではありませんか」
「いや、当然じゃねぇよ」

 危ないところだ。確認しておいてよかった。
 あるのが当たり前と思っている彼女が、それをわざわざ忠告することはない。一般家庭の常識が通じる場所ではないことを、改めて頭に叩き込んだ。
 ここはそうだな、海外映画の中の世界だと思っておこう。

「しかし、そうなると……」

 俺は考えながら、小さくそう漏らした。
 なにかしらの策がないと奥にも進めない、ということになる。
 そうなると、だ。やはりこの家の内部に詳しいアカネに頼るのが、最善手だろう。そう思って、周囲を警戒しながら彼女に問いかけた。

「探知機の類がないルート、ってあるのか?」
「ありますけど、警備が固まっているでしょうね」
「だろうな。でも、さっきから何も言わない、ってことは――アカネも探知機の止め方とか、知らないんだろ?」

 俺の言葉に、アカネは小さくなる。

「そう、ですわね。申し訳ないですが……」
「じゃあ、決まり。そうなると、見つかるのは時間の問題。つまり――」
「ミコト? 貴方、もしかして馬鹿なこと考えたりしてませんわよね?」
「馬鹿なことじゃねぇよ。考え得る中で最善の手だ」

 こちらの考えを読んだのか、唖然として訊いてくる彼女に俺は笑いかけた。
 怖いとか、そんなこと言っていられないのだから。
 だからハッキリと、こう宣言した。



「強行突破、これしかない。最短ルートでな」――と。


◆◇◆


「本気ですの……?」
「ここまできて、尻込みなんて出来ないだろ?」
「そんなことを訊いてはいません! 我が家の特殊部隊は、それぞれ武道のエキスパートが揃っています。そんな中に飛び込もうだなんて、正気の沙汰では――」
「大丈夫だって。こっちには、これがある」

 廊下を進みながらも、反対してくるアカネ。
 そんな彼女に、俺は懐からある物を取り出して示した。

「貴方、そんなものどこで……!?」
「託されたんだよ。仲間からな」

 それは、一丁の拳銃。
 弾は計6発。心許ないが、仕方ない。
 そしてこれを見て、アカネは一つの結論に至ったらしい。

「やはり貴方も、赤羽ミレイも――『イ・リーガル』の関係者、ですのね」
「……………………」

 これ以上は隠しようもないだろう。
 それに、これは彼女の問題でもあるのだから、隠す方が危険だった。俺はそれを首肯して、これからどうするかを訊ねる。
 するとアカネは一つ、ため息に近いものを漏らしてこう答えるのだ。

「ミコトに協力しますわ。どうやら『イ・リーガル』というのも、一枚岩ではない様子ですし。それよりも、そんな組織と御堂財閥がどんな関係なのか、そちらの方が余程わたくしにとっては重要ですわ」
「ははは、ずいぶんと威勢の良い令嬢さんもいたもんだな」
「狂っている貴方に言われたくありませんわ……」
「…………?」

 彼女の言葉に思わず笑うと、何やら白けた表情を向けられた。
 なんで……? 俺、なにか変なことしてるか?

「……っと。さすがに人が多くなってきたな」
「奥――おそらく、赤羽ミレイが拘束されているのは金庫ですから。この警備の数を見ると、予想通りですわね」
「それじゃ、ちょっとばかり確認……」
「なにをしてますの?」

 アカネの不思議そうな顔を尻目に、俺は鏡で自分の寿命を見た。
 そして、廊下の先にいる――5人の黒服のそれも見る。
 なるほど、これなら……。

「それじゃ、ちょっと行ってくる」
「ミコト……!?」



 俺はまるでコンビニに行くような気楽な声で言って、黒服の前に姿を晒した。
 一直線に駆け出して、彼らのもとへと迫る。



「なっ……!!」

 すると、想定外だったのか一番手前の男が短く声を上げた。
 しかしエキスパートと言われるだけあって、とっさに身構えようと試みる。――が、こちらの方が一手先を行っている!

「――――――――っ!」

 懐に飛び込むと、俺は思い切り一人目の顎を掌底で打ち抜いた。
 素人とはいえ、手加減なんてなしの一撃だ。軽い脳震盪を起こした男は、膝から崩れ落ちる。でも、これで終わりではなかった。
 最小限の動きで倒したものの、残りの4人には気付かれてしまう。
 彼らは俺を見ると、各々に行動を起こした。

 4人のうち3人は、ナイフを持って迫ってくる。
 そして、最後の1人は奥で銃を構えた。

「迷うな……っ!」

 俺はすかさず銃を取り出し、反動に備えつつ構える。
 頭ではない。狙うのなら、彼らの胴だ。それならまったくの素人である俺でも、外す可能性は多少低くなるはずだった。

「これでも、ゲーセンの成績は良いんだよ……!」

 トリガーを引く。
 すると、4発放ったうちの3発が命中した。
 1人目は手首に、2人目は太ももに、そして3人目はつま先に。彼らはまさか当たると思ってなかったのだろう。突然の痛みに、うずくまった。

 しかし、相手が動けなくなったことを確認している暇はない。
 俺は次に奥の1人へ向かって駆けだした。すると、相手は狙いを定め――。


「――死ね、ガキが!」


 躊躇なく、撃った。
 だけど俺は、それに驚くことはない。
 そして足も止めたりはしない。真っすぐに、男へ向かって――!




「なっ!?」
「悪いな、俺の寿命はまだ先なんだよ!!」




 銃弾は、俺の頬を掠めていった。
 確実に殺したと思っていたらしい黒服は、瞬間の隙を見せる。
 その刹那に――。



「がはっ……!」



 俺は男の右肩を撃ち抜いた。
 銃を奪い取って、その頭に突き付ける。
 これで、生涯初めての銃撃戦は終わりだった。

「よし……! もういいぞ、アカネ!」

 男たちが動かないのを目視で確認してから、後方に控えた令嬢を呼ぶ。
 すると、彼女はこちらを見て一言こう口にした。



「何者ですの、貴方……」――と。