「――ふぅ。少しは、楽しかったですわ」
「はいはい、そうですか……」

 夕暮れの住宅街を歩きながら、俺たちはそう言葉を交わす。
 結局あの後は、アカネの気の向くままに街中を散策することになった。彼女はあらゆるものに興味を持ち、これはなにかと、子供のように訊いてくる。
 その姿はどこかミレイにも似ているような気がして、放っておけなかった。

 とはいえ、あの子と決定的に違うのは、その傲慢さだがな!?

 そんなわけだから、これといった好意を抱くようなイベントは発生しなかった。
 俺の心の中には常にミレイがいるのだから。仕方ないね!

「ところで、ミコト。貴方に訊きたいことがあるのですわ」
「ん、なんだよ」

 そう思っていると、不意にアカネがそう言った。
 俺はぐったりとうな垂れながら答える。
 すると飛んできたのは、


「貴方は、赤羽ミレイとどういった関係ですの?」


 俺とミレイの関係を問うものだった。

「ん、関係……?」
「えぇ、そうですわ。噂を聞くに赤羽ミレイと貴方は、毎日一緒にいるらしいではないですか。それでは、貴方にとっての赤羽ミレイは、なんなのですか?」
「俺にとっての、ミレイ……」

 アカネの言葉に首を傾げてしまう。
 俺にとってミレイという存在は、なんなのか。
 それはすなわち、俺が彼女のことをどう思っているか、ということ。だとしたらそれは、考えるまでもない。気持ちは一つだった。



「何よりも大切な、大好きな女の子だよ」



 それは今さらなもの。
 俺はそんな彼女を守るために、今までやってきた。
 その自負があるから、アカネの問いかけに真っすぐに向き合える。

「そう、ですのね……」

 こちらの回答に、どこか気落ちしたように息をつく令嬢。
 だがすぐに気持ちを切り替えたのか、俺を見つめてこう口にした。

 前触れもなく。
 それは、あまりに唐突な宣告だった。



「――なら、急ぎなさい。あの子を失いたくないなら」
「え…………?」



 瞬間、背筋が凍るような感覚。
 そんな俺を見て、アカネはゆっくりと口を開いた。


◆◇◆


「くそ、油断した……!」

 俺はミレイのいる病院へと駆けていた。
 それは一般的なそれではなく、ひっそりと隠れている。いわゆる闇医者だ。そこに彼女はいるはずなのだが、

「ちっ……! もぬけの殻かよ!」

 辿り着いた時、廃墟のようなビルの中には誰もいなかった。
 悪態をつきながら、なにか手がかりがないかを探す。アレンとミレイは一緒にいたはず。しかし、セキュリティの理由で俺は二人の連絡先を知らなかった。
 自白剤や拷問で、俺がそれを吐く可能性があるからだ。
 だが、今はそれが裏目に出ている。

「でも、アカネはどうして俺に――」

 焦りを抱きながらも、俺はふと財閥令嬢の言葉を思い出した。
 彼女はふっと息をついた後にこう言ったのだ。


『いま、わたくしのSPたちが赤羽ミレイの確保に向かっています。彼女を失いたくない、そう思うのならお急ぎなさい? ――手遅れになる前に』


 それを聞いて、俺は一目散に駆けた。
 そうして今に至るのだがその時、不意に背後から声がする。

「ミコトちゃん、きたのね……」
「ダース!?」

 それは、聞き覚えのあるものだった。
 振り返るとそこには、額から血を流したダースの姿。
 壁にもたれかかるようにして腕を押さえている彼に、俺は駆け寄った。すると気が緩んだのか、息も絶え絶えに膝をつくダース。
 自嘲気味に笑いながら、こちらを見て言う。

「完全に、油断したわ。まさかこの場所を知られるなんてね……」
「ミレイは!?」

 苦悶の表情を浮かべるダース。
 それでも、余裕を失った俺は詰問した。
 するとまた一つ、小さく笑ってから彼はこう答える。

「連れて行かれたわ……。アレンも一緒に、ね」
「…………!」

 そこで、息を呑む。
 まるで心臓を鷲掴みにされたような、そんな感覚に襲われた。
 呼吸が荒くなる。深呼吸をして、それを抑え込もうとするが上手くいかない。すると、そんな俺を落ち着けようとしたのか、ダースが肩に手を置いてきた。

「ミコトちゃん、いま頼れるのは貴方だけ。落ち着いて……?」
「…………あ、あぁ」

 懇願するような彼の言葉。
 唇を噛んで、気持ちを切り替える。
 俺は一度目を閉じてから、ゆっくりとそれを開いた。そして――。

「ミレイは、どこに連れて行かれた?」

 強くダースに見つめ返して、そう問いかける。
 そんな俺を見て、満足げに笑んで彼はこう口にするのだった。



「相手は、御堂財閥の雇った警備部隊。場所は――」



 ふっと、消え入るような声。
 俺の耳に届いたのは、少し意外な場所だった。