「……で、アカネはどうして俺に頼もうと思ったんだ?」
「しれっと呼び捨てですのね。構いませんが」

 さて、そんなわけで。
 俺はアカネの護衛を務めることとなった。
 とはいっても、タイムリミットである週末――日曜の23時までは、情報を集める以外にないのだけど。そんな中で俺には気になることがあった。
 それが今ほど訊ねたこと。
 数多にあるであろう選択肢から、俺を選んだのか、だ。

「そうですわね……」
「普通に考えて、学生に頼むことじゃないだろ? それに、あの御堂財閥の令嬢だってならなおのことだ。本職がやるべきことだろ?」

 とくに理由はない、と。
 そう言いたげに首を傾げる彼女に、俺はそう言った。
 文句のつけようのない正論のように思われるそれ。しかしながら、

「落ち着きなさい。理由はありますわ。それは――」

 それは、いとも容易く。



「女の勘、ですわ!」




 そんな、間の抜けたものによって覆された。
 言葉もでない。この女の子は自身の安全を、そんなあやふやなもので守ろうとしているのだから。開いた口が塞がらないというのはこのことだった。
 しかし、その勘も馬鹿には出来ないのだな、と。
 俺だからこそ、そう思えた。

「わたくしは貴方に可能性を感じました。それ以上の理由がありまして?」
「…………はぁ」

 思えたけど、ため息しか出ない。
 自信満々なアカネの姿を見ていると、呆れが前に出てくるのだった。
 いいや。考えようによっては、彼女は彼女で大物なのかもしれなかった。さすがは御堂財閥のご令嬢。考えることが常人の一歩先を行っている。

 だが、とにもかくにも。
 請け負った役割はこなさなければならない。
 金銭に興味がないといえば嘘になるが、それ以上に気になることがあった。

「それで? フランスのマフィアに狙われてるって言ってたけど……」

 そう。それだった。
 アカネはハッキリとそう口にしたのだ。
 フランスのマフィアに命を狙われているのだ、と。

「その組織の名前って、分かってるのか?」
「意外と興味を持ちますのね」
「まぁ、ね」

 俺の関心を引けたのが嬉しいのか、彼女は怪しく微笑んだ。
 素っ気なく答えながら、返事を待つ。すると――。


「『イ・リーガル』――という組織のようですわ」
「…………!」


 あまりに平然と、アカネはその名前を口にした。
 俺は不意を打たれたように息を呑む。嫌な予想は当たるものだ、と思う。

「先日、情報が入りましたの。日本に潜伏しているその一団が、金銭目的に私を狙っている――という、ね。もっとも、眉唾ではありますが……」

 ふっと笑いながら、そう語る彼女。
 しかし、俺にはそれが嘘ではないと分かる。
 『イ・リーガル』全体の方針は、今の俺には理解できない。それでも、彼らがアカネの命を奪おうとしているのは、間違いないように思われた。

 甘い考えを捨てるんだ。
 元々、彼らは闇社会の住人なのだから――。

「それで、今日はどうしましょうか?」
「……え?」

 真剣に考え込んでいると、またもや不意を突くようにしてアカネ。
 自然な流れで俺の手を掴んで、微笑むのだった。


「せっかくですから、エスコートして下さるかしら?」


 そして、悪戯っぽくそう言う。
 それはつまり、どういうこと……?


「さぁ、行きますわよ! 庶民の遊びを教えてくださいまし!!」
「え、あ、ちょっ……!?」


 だが、こちらが理解するより先にアカネは俺を引きずっていく。
 目が点となった俺。これが、彼女とのちょっとした珍道中の始まりだった。