俺は笑った。
 何故なら、ミレイの寿命は大きく延長されていたから。
 それならもう、ここでの俺の役割は終わりを迎えたと言って良い。その証拠に、流れは一気にこちらへと傾くのだった。


「だあああああああああああああああああああああああああっ!?」
「がっ……!?」


 絶叫と共に現われたのは――タイガ。
 頬に傷を負った彼は、サッカーで鍛えたのだろうその足で思い切り男の側頭部を蹴った。なにかが砕ける音が耳に届く。そして、横倒しになった男の手からこぼれた刃物を奪い、俺は立ち上がってそれを突き付けた。短い悲鳴を上げた般若の男は、隙間から震えた眼差しを向ける。

「さすがだね、我がライバル……」
「そんなこと、言ってる場合じゃないでしょう?」

 こんな時でも調子のいい発言をするタイガに、俺は心底から呆れた。
 しかし、内心で感謝する。彼がこなかったら、確実に死んでいただろうと思った。ミレイの寿命を確保できたなら、俺としては十分だけど。
 それでも彼女を守るのは、傍にいるのは俺でありたかった。

「あ、まて――!」

 そう思っていた矢先に、タイガが声を上げる。
 俺は少しだけ反応が遅れたが、どうやら男が隙を突いて逃げ出したらしい。
 だが、とっさに追いかけようとするタイガを俺は止めた。首を左右に振って、とりあえず警察に連絡するんだ、と。それに彼は同意し、スマホで警察を呼んだ。

 だけれども、俺は奴が捕まらないだろうと予想していた。
 それなのになぜ、俺は相手を逃がしたのか。
 その理由は――。

「あと1分、か……」

 あの男の寿命が、もうじき終わりを迎えようとしていたから。
 死に方までは分からないが、原因はおおよそ想像できた。

「きっと、アイツが向かうのは人気のない場所だ」

 俺は勘を頼りに、校舎裏を目指す。
 そして、もう少しでそこにたどり着く、という瞬間に――。


「………………っ!」



 乾いた音がした。
 しかし、それには体育祭で使うそれよりも生々しさがあった。
 俺は陰に隠れて、様子をうかがう。誰かが話している。しかし、くぐもった声であるそれからは性別はおろか、誰の物なのかはまったく分からない。
 息を呑んで、耳を澄ませた。すると聞こえたのは――。

「ホント、使えないわね」

 そんな一言だった。
 それ以上の言葉はなく、淡々と遺体の処理を済ませる集団。
 俺は、ここまでと踏んでその場を後にした。焦ってはいけない。いまはその集団が存在している、そのことを確認できただけで十分だった。

 だけど、いつかは相対するだろう。

 何故だろうか。
 自分は一介の高校生に過ぎないと理解しているのに。
 その予想だけは確信に近い、不思議な感覚が胸にあったのだ。


◆◇◆


 体育祭から、数日が経過した。
 ミレイはやはり骨折しており、しばしの入院を余儀なくされた。
 今日は日曜日。彼女の入院しているところへ、お見舞いに向かう予定だ。

「うわー、減ってるな」

 鏡を見て、俺は前髪を掻き上げながらそう漏らした。
 とりあえず、入院先にはアレンがいてくれるから安心だろう。そんなわけだから俺は、束の間の穏やかな朝を過ごしていた。
 そうしていると、おもむろに海晴が顔を出す。

「なにが減ってるの? ――まさか、若禿げ?」
「うっせ! 余計なこと言うな!」

 そして、そんな日常的なやり取り。
 軽口を叩きあいながらも、笑い合う、そんな平和な時間。

「お兄ちゃん。次、私が使うから早く代わってよ」
「あー、分かった分かった」


 俺は最後に、もう一度だけ鏡を見た。
 そして、一つ頷いてからその場を後にする。
 この選択をしたことを、後悔はしない。むしろ、誇ろう。
 








 俺の寿命は――あと、5年。




 それまで、俺はきっとミレイのことを守り続ける。