ミレイの次の寿命は、今日の夕方――リレー競技が終わった頃。
 しかし今回は状況が不味すぎた。何故なら、全校生徒が集まっている上に、保護者などの観客の視線があったから。つまり360度、どこからでも彼女の命を狙えるのだ。もっとも犯人が、このように人目のあるところで殺すような馬鹿なことをするようにも思えなかった。

「いや、考えるのをやめるな。……可能性は、それだけじゃない」

 そうだ。思考を単純化してはいけない。
 初めてミレイを助けた時、彼女は何で死にかけたのか。
 それは少なくとも、偶然の産物のように思われた。すなわち、今回もなにかしらの事故によって、彼女の命が奪われる。その可能性も捨ててはいけなかった。

 ――事故か、殺害か。

 どちらとも取れる、そんな状況。
 俺の思考は、だんだんと暗いものに変化していく。
 しかしミレイを守るためには、疑心暗鬼になる程度が良いように思えた。

「さぁ、もうそろそろ勝負の時だね。我がライバルよ!」

 その時、タイガが陽気な声でそう話しかけてくる。
 リレーの入場ゲート前で整列すると、ちょうど彼は俺の隣だった。

「……ん? どうしたんだい、そんな怖い顔をして」
「いや、なんでも……」

 こちらを見て、不思議そうな表情を浮かべる相手。
 でも俺はそんな彼に構う余裕もなく、素っ気なくそう返答した。するとタイガは、それをどう受け取ったのか、満足げに頷いてこう言うのだ。

「その眼差し――ようやく、本気になったようだね」

 そのタイミングで、入場の音楽が鳴り響く。
 俺は彼の言葉などに耳を貸す気などなかったが、

「さぁ、死ぬ気で争おうじゃないか」


 その言葉だけは、やけにハッキリと聞こえるのだった。


◆◇◆


 リレー競技が始まった。
 バトンが繋がり、だんだんと会場のボルテージが上がっていく。
 歓声が大きくなり、自然の音が掻き消されていった。各々のチームを応援する声援が入り混じり、まるでこの空間だけが異世界のようでもある。
 だから思った。ミレイを殺すなら――今だ、と。

「いつだ……」

 下手に身動きは取れない。
 変な動きをすれば、また状況が変わってしまう。
 好転も悪化もあり得る。後者になることだけは避けたかった。
 一周200メートルのグラウンド。整列すると、幸いなことに彼女は俺の目の前だ。だから、常に寿命の確認だけはできる。念のために付けていた腕時計で、時刻と照らし合わせた。――まだ、幾ばくかの猶予はある。

「ミコトくん、頑張りましょうね!」
「……え。あ、あぁ!」

 そうしていると、不意に彼女に声をかけられて動揺してしまった。
 何とか返答するが、異変に感付かれたらしい。

「どうしました……?」

 首を傾げるミレイ。
 俺は精一杯の笑顔を浮かべ、こう答えた。

「なんでもないよ。優勝目指して頑張ろう!」

 それどころではない。
 そう理解はしながらも、あえてそう口にした。
 するとその時だった。彼女の隣に立つ、3年の女子がこう言う。



「――ふん。下級生のくせに、調子に乗らないでほしいですわ」



 それは、とても小さな声だった。
 だが神経質になっているからだろうか、俺の耳にはハッキリと届いた。それ以上はなにも語らなかったが、その女子生徒がミレイに悪意を持っているのは明らか。
 それでも、今後の展開に影響なんて……。

「え……?」

 ないと、そう思っていた時だ。
 俺はミレイの寿命が動いたことに気付いた。

「30分、延長された……?」

 それは意外なこと。
 俺は少しだけ目を疑った。だがそれと同時に、

「それじゃ、行ってきますね!」
「あ……」

 ミレイの番がきたらしい。
 彼女は明るくそう言ってから、走路に出た。
 そして、前走者からバトンを受け取って走り始める。

「どういうこと、だ……?」

 俺はそれを見守りながら、次走者として走路に並んだ。
 すると、その時だった。

「さぁ、準備は良いかい?」

 タイガが、俺の耳元でそう囁く。
 混乱の最中にかけられた声に、瞬間だけ気を取られた。直後、


「きゃっ!」


 短いミレイの悲鳴が、耳に届く。
 俺はハッとしてその声のした方へと目をやった。
 するとそこには先ほどの女子生徒と、もつれ合うようにして転倒する彼女の姿があった。苦悶の表情を浮かべるミレイに対して、すぐに立ち上がる女子生徒。
 なにかをミレイに言ってから、タイガへとバトンを繋いだ。

「悪いね、これも勝負――」

 その時に、隣のタイガがなにかを言おうとした。
 だが、それよりも先に――。


「大丈夫か、ミレイ!?」


 俺は自然と、彼女のもとへと駆けだしていた。
 近くにくるとすぐに分かったのは、ミレイの足が赤黒く変色していること。明らかに骨に異常がある。素人目でも判断できる状態だった。

「あはは、すみません。ちょっとだけ痛くて……」
「ちょっとじゃないだろ!? ほら、肩を貸すから……!」

 それでも走ろうとする少女を制して、俺はミレイのその身を支える。
 遅れてやってきた教員に、保健室へ連れて行くよう指示を受けて歩き出した。寿命を確認する――残り45分程度。俺は気を引き締めた。

 これは、事故死ではない。
 ミレイは間違いなく、何者かに命を狙われるのだ、と。