というわけで、俺はミレイと共に学年対抗リレーに参加することになった。
 他の学生から不満が出ると思っていたが、そんなことはなく、むしろどこか温かく見守られている感さえある。その理由が分からずに首を傾げるしかなかった。
 だが、とにもかくにも出るといってしまったのだ。
 そうなったら最大限、足を引っ張らないように頑張らなければ……。

「ぜぇ、ぜぇ……っ!」

 そう、思っていたのだけど。
 俺は全体での初練習にて、すでに音を上げそうになっていた。
 このリレーは一人200メートルを走り、バトンを繋ぐ。その中でも俺はなぜかアンカーになっており、ミレイから引き継ぐことになっていた。
 それなのに、この体たらくである。
 いや。普通に考えたら、帰宅部員には荷が重すぎるって……!

「大丈夫ですか? ミコトくん……」
「へ、へーき、へーき……! ごほっ、心配いらないから、大丈夫!」

 しかし、ミレイに声をかけられると思わず強がってしまった。
 だって仕方ないじゃないか。男ならそうだろう? 好きな女の子の前で、情けないことは言いたくないって思うのは。俺だって、立派に青春したいのだ。
 それでも、疲労は顔に出ているらしい。
 ミレイはそんな俺に、スポーツドリンクを手渡してくれた。

「この後、ラスト一本走ることになってますけど……」
「んぐっ……ん、分かったよ。頑張る」
「はい! 頑張りましょうね!」

 それを喉に思い切り流し込み、彼女に答える。
 するとミレイは少し汗の浮かんだ顔に、爽やかな笑みを浮かべるのだった。

「でも、熱中症は怖いですから。ミコトくんは少し休んでて下さいね?」
「あぁ、ありがとう。そうするよ」

 そう言うと、彼女は一つ頷いて他のメンバーの方へ。
 残された俺は指示の通りに、木陰に腰を落ち着けるのだった。
 そして、天を見る。スポーツの秋という季節に差し掛かってはいるが、まだまだ気温は高かった。太陽が燦々と大地を照らし、コンクリートの上は歪んでいる。

「はぁ、それにしても……」

 と、そこで俺は後方へと振り返った。
 声をかけないわけにはいかない。そう思った。

「なんで、ずっと隠れて見てるんすか。タイガさん……?」
「別に隠れてなんていないさ。ちょっとした敵情視察、というやつかな?」

 そこにいたのは――タイガ。
 彼は髪を掻き上げながら、不敵な笑みを浮かべるのだった。
 何かしてくるわけではないので流していたが、俺たちの練習をずっと見られていたのだ。気にするなという方が無理な話で、ついに声をかけてしまったのである。

「しかし、キミは情けないな。僕との勝負は決まったようなものだね!」
「あー、はいはい。またその話ですか……?」

 さて、そうすると水を得た魚のように。
 タイガは自信満々に胸を張りながら、そう宣言するのだった。
 ぶっちゃけどうでもいいと思っている俺としては、聞き流し案件だ。とはいっても、これ以上彼を危険なところへ踏み込ませるわけにはいかない。
 どちらかというと、そんな気持ちをもってこう問いかけた。



「なんでそんなに、俺に突っかかるんですか? 何かしましたっけ、俺」



 すると、何やらタイガの笑みが凍り付く。
 数秒の間を置いてから、彼は不思議そうな声色でこう言った。

「…………キミは、なにを言っているんだ?」

 それは心底からの疑問だ、と言わんばかりの答え。
 俺は首を傾げた。そして……。

「なにって、ミレイのことが好きなら俺なんかに構う必要ないでしょう?」
「…………………………」

 そう続けると、タイガは額に手を当てて空を仰いだ。
 あたかも何かに絶望するかのように。

「あぁ、なんて可哀想なんだ。赤羽さんは……!」
「へ? なんで、そこでミレイ?」
「oh……」

 何故か海外の方のようなリアクション。
 そして、唐突に俺の肩をガッシと掴むのだった。

「キミは、罪作りな男だな!!」
「何この人、急に失礼」

 思わず冷めた目でツッコみを入れてしまう。
 するとタイガは、大きくため息をついてこう口にした。

「ふっ、だけどその悲しみももうすぐ終わる……」
「あのー? 一人で何言ってるんですかー?」
「待っていてくれ、赤羽さん……っ!!」
「待ってー、俺を置いて行かないでー」

 なにやら意味不明なことを言って、彼は校内へと戻ってしまう。
 そんな後ろ姿を見ながら、俺は呆然と立ち尽くした。

「大丈夫かな、あの人……」

 もしかして、頭でも打ったのか?
 そんな風に思って、本気で心配になってきた。
 しかし何はともあれ、人死にを見たくはないので勝負には勝たないと。そう思って俺は、重い腰を持ち上げるのだった。するとそこにタイミングよく、

「あ、ミコトくん! 最後の一本始めますって!」
「分かったよ、今行く!」

 ミレイがそう声をかけてくる。
 俺は何やら変な使命感を胸に、練習へと向かうのだった。