――翌朝。
俺は大欠伸をしながら、学校を挟んで反対側へと向かっていた。
時刻はまだ早朝5時。街も目覚めていないし、当然に人足も少なかった。そんな中を真っすぐに、ある場所へと向かう。それというのは……。
「あぁ、早いな――ミレイ。おはよう!」
「ミコトくんっ! おはようございます!!」
あの日の公園で、ミレイと待ち合わせをするためだった。
秋へと移り変わる頃合いに、俺たちの関係は以前から少しだけ変化する。恋人だとか、そういうのではないけれど――友達よりは、心が近い関係だ。
どうしてこうなったのか。
話は当然に、アレンからの提案があったあの日にさかのぼった。
◆◇◆
「ファミリー……?」
俺はその単語を聞いて、まず疑問符が浮かんだ。
ファミリー、すなわち家族。というのは、マフィアの世界で組織の仲間を表す呼び名だった。そのことは過去に映画で見たから知っている。
だが、それということは……。
「俺に、マフィアの一員になれ……ってこと、なのか?」
つまるところ、そういうことだった。
しかし、そこからが問題だ。正直なところ意味が分からなかった。
首を傾げていると、事の流れを教えてくれたのはミレイ。彼女は潤んだ瞳で俺を見つめて、少しだけ不安そうにこう告げた。
「お父さんにミコトくんのこと、話していたの。そうしたら――その、とても面白い少年だな、って。将来の有望株として、組織に入ってほしいって言ったの」
「…………へ? お、俺が!?」
驚いて声を上げると、小さく頷く少女。
しかしそこで、アレンがこのように補足した。
「だが、これは苦肉の策でもある。お嬢様を救った人間を始末はできない。かといって、放置をすることもできなかった。だから、監視下に置く結論に至った」
それは、感情が排除された論理的な帰結。
なるほどミレイの言葉を理詰めで語るとそうなる、か。
俺は一つ頷いて、アレンに向かって確認をするように問いかけた。
「でも、そうなると条件がありそうだな」――と。
仮にも相手はマフィアだ。そういった組織だ。
だとすれば、それ相応の交換条件や何かがあって然るべきだろう。
「あぁ、それなのだがな――」
そう思ったのだが、アレンの口から出たのは意外な言葉だった。
「ミレイお嬢様を裏切らなければ、それでいい――とのことだ」
「え……?」
思わず呆けてしまう。
それってことは、つまり……。
「今まで通りにしていれば、それでいい……ってことか?」
「………………うむ」
そういうことだった。
俺はつまり、これまで通りにミレイの友達として彼女を大切にする。
それこそが『イ・リーガル』の一員になる条件であり、役割だと云えた。
「それなら――」
少し考えてから、俺は了承しようとする。
その時だった。
「待ちなさい! そんな簡単に決めるべきではないわ!!」
ダースが厳しい表情で、そう声を上げたのは。
彼は腕を組んで、こちらを睨むようにして口にした。
「こちらの世界にやってくる意味――それを軽く考えてはいけないわ。毎日が生きるか死ぬか、その境目を歩くようなことなの。正義か悪、そんな二元論で語れないものも出てくる。ミコトちゃんには、その覚悟があるの?」
「それ、は……」
そう言われて、ほんの微かに尻込みする。
言うまでもないが、これまでの人生を一般人として歩んできた俺だ。そんな身がいきなり、生死を賭けた日々に飛び込む勇気を持つなど、簡単ではなかった。
それを見透かしていたダースは、鋭くそれを指摘したのである。
「……ダース」
「ごめんなさいね、ミレイお嬢様。でも大切なことだから……」
どこか悲しげな声で彼を見るミレイ。
しかし、それでもダースは意見を曲げることはなかった。
そうしていると、間に割って入ってきたのはアレン。彼はこう提案した。
「あぁ、だからオレから提案がある」
「提案……?」
首を傾げると、アレンはこう続ける。
「ミレイお嬢様を守るため、ミコトの判断力を貸してほしい」――と。
◆◇◆
そして、今に至る。
通学路を歩きながら、俺は一つ息をついた。
「学校での、ミレイの護衛――か」
そう、それが提案された内容だ。
俺は仮のファミリーとして、学校でミレイを守る。
それと同時に、緊急時には二人に連絡を入れて事態の鎮静化を図る。俺の身の安全はアレンとダースが保証する、というものだった。
たしかに、普通の高校生である俺にできるのはそれが限界に思える。
アレンは感情に流されない、そういう男らしかった。
「そういえば、体育祭がもう少しですね」
「ん、あぁ。そうだね」
そう考えていると、ミレイが話しかけてくる。
どこか楽しげに。
「私、そういった催しが初めてなので楽しみです!」
「ははは、帰宅部にはキツいんだけど」
無邪気に喜んでいる少女に、俺は少し苦笑いをした。
しかし、気持ちを切り替える。自身の持つ想いを確かめて、頷く。
そして、改めて誓うのだった。
こんな日々を続けられるように、俺が彼女を守ろう――と。