「闇医者、って……日本にもいるんだな」

 傷口が熱を持っているためか、やけにボンヤリする思考。
 そんな中で俺は、いまや下らない物事への感動を覚えていた。こんなのゲームとかの中でしか見たことがない、医師免許を持たない暗部の医者。
 そのもとへ担ぎ込まれた俺は、患部に包帯を巻かれていた。
 幸いに弾は貫通してくれていたらしく、大きな手術は必要ない、とのこと。

「お兄ちゃん……」
「海晴。うなされてるな……」

 ベッドに腰かけた俺は、そこで眠る妹を見た。
 海晴はあの後、意識を失ったのだ。相当に緊張していたのか、あるいは兄を撃ったことがそこまでショックだったのか。理由は定かではないが。
 とにかく、結果的に妹を殺人犯にしなくてよかった。
 勝手な憶測ではあるが、海晴の撃った弾はミレイに向かうはずだったのだろう。

「とりあえずは、良かった――か」
「良くないでしょう。なにを感慨に耽っているのかしら?」

 そう言うと、ツッコみを入れられた。
 声の主は――ダース。

「いや、良かったというか。誰も傷つかなかったわけだし……」

 出入口に腕組みして立つ彼の言葉に、俺は苦笑いをしてそう答えた。
 ダースはアレンの連絡ですぐにあの場に駆けつけたのだ。そして今、こうやって俺たちの護衛をしてくれている。殺風景なコンクリ部屋にオネェ。
 なかなかにシュールな光景だったが、それは置いておくとしよう。

「誰も傷つかなかった、ね……ミコトちゃん。貴方はお馬鹿さん?」

 俺の返答にやや苛立った様子でダースは言った。
 それはこちらを心配してなのか、あるいは以前の忠告を受け入れなかったことへの憤りなのか。もしくは、その両方である可能性もあった。
 とにもかくにも、この後に雷が落ちてくるのは予想がつく。
 そう思っていたのだが……。

「……はぁ。もういいわ」

 だが、存外にあっさりとした反応だった。
 彼はそう言うと、おもむろにこちらへやってくる。

「お嬢様を守ってくれたナイト様ですからね。感謝しないと……」
「ナイト様って、大げさな」

 そして、俺の肩に手を置いてそう口にした。
 思わず謙遜の言葉が出たが、ダースはゆっくりと首を左右に振る。

「そんなことないわよ? 現にミコトちゃんがいなかったら、お嬢様は亡くなっていたわ。妹さんを巻き込んでしまったのは残念、というところだけど……」

 彼は海晴に慈愛の眼差しを向けた。

「私たちの反抗勢力に脅されただけで済んだのは、不幸中の幸いね」
「不幸中の幸い……?」

 俺はその言葉に首を傾げる。
 すると、ダースは大きく頷いて言った。

「えぇ、そうよ。『イ・リーガル』の鉄則は、目撃者や駒は殺すこと。放置しておいては足がついてしまうから、ね」
「………………」

 そこには、やはり俺たちとは感覚の違いがある。
 一般人である俺と海晴には、まずない考えだと思えた。いいや、考えは分かる。しかし、それを平然と言ってのける辺りが、裏社会の人間たる所以か。
 俺は一つ息を呑んでから、それでもどうにか気持ちを落ち着けた。
 ここまできたら、引き下がれないのだから。

「それで、ミレイは……?」
「お嬢様はいま、アレンと一緒に本部へと報告を行っているわ。ボスも今回の一件を無視はできないでしょうし、何より貴方たちのことをどうするかを考えないと」
「海晴は、巻き込まれただけだ。何も悪くはない……!」

 俺は思わず声を荒らげた。
 すると、ダースは口元に人差し指を当ててウィンク。そして、

「それは心配しなくていいわ。ミレイお嬢様が取り計らってくれると思うから――ただ、一番の問題は貴方なの。ミコトちゃん?」

 そう話した。

「え、俺……?」

 俺は彼の言葉に首を傾げ、訊き返す。
 ダースはふっと、そこからは真剣な表情になって続けるのだった。

「ミコトちゃんは、今回の問題に深く踏み込み過ぎた。そして何よりも『イ・リーガル』の内情も知ってしまった。先日程度のことなら揉み消せたかもだけど、こうやって巻き込まれた以上は――私たちも放置するわけにはいかないの」
「それって、つまり……」

 ――俺はもしかしたら、消されるかもしれない、ってことか。
 そう口にしかけて、やめた。代わりに大きく息をついて、呼吸を整える。

「あら、取り乱さないのね?」
「大丈夫。ある意味で覚悟してたことだから」
「ふーん、なるほどね。肝が据わってるというか、意思が固いのかしら」

 ダースはくすりと笑って、だがすぐに表情を引き締めた。
 その時だ。ドアをノックする者があったのは。

「入るぞ」

 短くそう言って、ドアを開けたのはアレン。
 彼の後ろにはミレイがいた。彼女は、俺を見ると――。


「ミコトくん……っ!」
「おわっ!?」


 一直線に、抱き付いてきた。
 ふわりと女の子の香りがして、気が緩んでしまう。
 しかしすぐに気付く。ミレイは、

「泣いてるのか? ミレイ」
「だって、ミコトくん! 私、どうしたら良いのかって……!」

 泣いていた。
 その顔は見えなかったが、たしかに泣いていた。
 俺はそんな、マフィアの娘とは思えない、優しい彼女の背を軽く叩く。

「安心して。俺は死なないから、絶対に」
「そんなの、分からないですよ……!」
「約束するから、絶対だ」

 ゆっくりとミレイの身体を押し返し、そのくしゃくしゃの顔を見て笑った。
 大粒の涙を流す彼女に、俺は誓うのだった。

「大丈夫。俺はそんな簡単にはくたばらないから!」

 根拠はない。
 だけれども、不思議とそう口にできた。
 なにか特別なものに後押しされるように、俺はそう約束をする。

「友達の言うことは、信じる! ――だろ?」
「ミコトくん……」

 呆然とするミレイに、俺はそう言った。
 すると、そこで……。


「いい雰囲気のところ申し訳ないが、ミコト――話がある」


 アレンの声があった。
 彼はこちらを見て、真剣な表情を浮かべる。

「あぁ、話……ね。俺はどうなるんだ?」
「その顔を見るに、ある程度の覚悟は出来ているらしいな」

 俺が答えると、彼は仏頂面に薄く笑みを作った。
 そして、こう口にする。それは俺の今後について……。


「ミコト、お前は我々のことを深く知りすぎた。それは本来、許されないイレギュラーだ。そのためボスと意見を交換し、その処遇を決めた」
「………………あぁ」


 俺は頷く。
 殺されるか、監禁されるか。
 どちらか、そう思われた。だが、

「ミコト、お前はこれから――」


 アレンの口にしたそれは、あまりに想定外の言葉だった。




「我々『イ・リーガル』のファミリーとなってもらう」