「優れた魔法使いは、呼吸と食事において、効率的に魔素を取り入れることができる。そして体内に蓄積できる魔力の量も多い。穴のない桶と、大きな水槽があると考えればわかりやすいかな」
桶というのはMPの回復速度で、水槽というのは最大MPだと解釈して間違いないだろう。
「その魔力を体内で収斂させれば、神の力の一部を、いうなれば“借りる”ことができるというわけだ。この術を総じて魔法と呼ぶ」
次は世界を表わす半球に向けて、矢印が描かれた。
「対して錬金術は、目に見える神の被造物、モノへの働きかけによって、業を為す技術体系ということになる」
「モノへの働きかけというと、土木とか農業とかも入りそうだけど」
「もちろん、そういった技術にも、錬金術が残した成果が用いられている。だが錬金術の根底は、さきほど言ったように世界の内奥を探るための術なのだよ」
「研究自体が目的ってことかな?」
「君の言うとおりだ。モノへの探求が進めば進むほど、その形態は直観的な状態、変化から遠のいていく。この極北に錬金術という術が存在する。いわば大きく広がった科学というものの、先端を縁取ったものと考えていいだろう」
そう言って学者は、ぐるぐると黒板に円を描いた。
「しかしその場合、ソラの存在は特殊な位置に置かざるを得ない。錬金術の研究者というよりは、その成果のようなものだからね」
そう言って、俺の目を見た。先生モードに入ったエルダーリッチに、俺はおずおずと答える。
「研究……した方がいいのかな?」
そう尋ねると、エルダーリッチは笑った。
「前にも言ったが、君は自分がやりたいことをやりなさい」
背中をポンと叩かれた。
「一流の魔法使いは、教師としても一流であると見えますな」
黒板を眺めていた学者は、こちらを向くと頭を下げた。
「素晴らしい研究所を建ててくれて感謝します。あの国王のもとでは、自由な研究なぞできませんでした」
学者はそう言って、笑顔を見せる。
「貴殿は錬金術師だ。自由闊達な精神、本質を見極める眼には、自信を持たれるべきです。王立学会にはそれがなかった。新説を出せばすぐに異端扱いだ。魔族と家畜の違いは魔力を操らないこと。では人間は……? この問いかけひとつで、私は追放された。しかし後悔はありませんよ。御用学者が金をせびるだけの学会など、存在するに値しません」
やはりあの国王のもとでは、みなが息苦しい思いをしているらしい。それは学者だけではなく、職人たちも同じようだった。俺は、町の鍛冶場に足を運ぶ。
「ずっとノルマ、ノルマ、ノルマだ。質の良いものなんて、造る暇はなかった」
炉から離れた鍛冶職人は、汗を拭いながら言った。
「こんな良い鍛冶場もなかったよ。ソラさん、あんたにゃ感謝してもしきれねえぜ」
瓶から水をすくって、ごくごくと飲んだ。