──
楽しい時間というのはあっという間に過ぎ去る。次の日が充実したと思えば、また次の日が充実して去る。
不規則だった睡眠時間は部活動をやっていた頃の朝五時起きとなり、高校の教科書を読み、知識を少しずつ蓄える時間を作った。
早寝早起きとはこのことで、心なしかいつも疲れていた体が軽くなったような気がする。
春休み最終日。
今日は予定通り、スポッチャで遊ぶ。
朝から晩まで一日中楽しむとオクさんが言っていたので、今日はいつもは昼前には自宅をでるが、通学と同じくらいの時間帯に僕はでた。
今日、着ていくのはワインレッドのパーカーにいつものチノパン。いつも通りの僕らしい服装だ。
昨夜買ったワイヤレスイヤホンをスマホとペアリングさせ、僕がこの頃も、今も好きなバンドの曲をリピートさせながら、ぽてぽて歩く。
進路はオクさんの家ではなく、中学校の近くの駅。
皆家が近いから──僕は割と距離があるが──と理由でそこが集合場所に設定された。
交差点で信号を待っている途中、スマホをいじりながら、ふと信号が変わったかを確認するため、視線をあげると、開花した桜の花びらが舞っていることに気がついた。
この六日で桜は変化が訪れるのかと思いながら、僕は桜を見て、やはりと言うべきか──ふたつの後悔を思い出す。
桜舞うあの日に、もし、戻ることが出来たなら。
──あの子はちゃんと幸せになれただろうか。
──アイツは楽しく生きていけただろうか。
そう思ってしまう。後悔が離れてくれない。
『桜舞うあの日に返りあなたをもっと抱きしめてたなら──』
リピートしている曲がサビの部分に入った。
僕は、あの子を幸せに出来たのだろうか。
僕は、アイツと仲良くなれたのだろうか。
もしかしたら、意見や趣向が全然合わなくて更に酷い別れになっていたかもしれない。付き合ってもないのにこんなこと思うのはどうかと思うけど。
もしかしたら、僕らは似た者同士だったから意見さえ食い違わなければ部活動に愚痴りながらも、楽しい時間を過ごせていたのかもしれない。
過去は変えられない。だって、過去は過ぎ去った《今》の連続。大きな後悔から小さな後悔まで、ぜんぶ自分の責任だから。
だから、《今》の僕は思うよ。
あの青春には、意味がある。
過去に重く苦しい時間があったとしても、過去から作られた《今》の僕は、人付き合いに慎重になって、優しさで友人の心に寄り添って、雲を睨んでいたあの頃とは違って常に笑顔が絶えないから。
だから、きっと、この青春には意味がある。
大丈夫。僕はもう、大丈夫だ。
雲の切れ間から暖かな春の日差しが差し込んだ。宙に舞う桜の花びらが、その優しさに包まれて、希望と小さな微笑みを運んでくれた。
それからと言うもの、僕は無事に駅に到着した。
人通りが少ない駅のホームの壁にもたれながら、オクさんたちを待つ。約束の時間まではまだ三十分以上もある。早く来すぎてしまったかな……と思っていると、やはり、彼女らも楽しみを抑えられなかったようだ。
二人の女子とそれを優しく見守る男子は僕を見つけるや否や、こちらに駆け寄ってきた。
「悠真っ! なんやあんた早いな」
「……いつも通りじゃないかな」
「高野君、確かに学校でも結構早くに来てたもんね」
二人の女子──師匠とだんちょーは今日も元気をくれる。
僕はちらりとずっと気になっていた一人普段とは違いすぎる男子の姿を見た。
「いや~、どの駅から行こうかな~。地下鉄もいいけどやっぱ外の景色も見たいよな~。あっ、確か今日ってあの電車もあったし……。皆は何に乗りたい?」
奏人の瞳が輝きまくっているのは、電車に乗るからだ。
彼は生粋の電車オタク。電車を乗るのが好きな──いわゆる乗り鉄マニアであり、電車を外から撮るのが好きな──いわゆる撮り鉄マニアでもある。
ほとんどの路線名が頭のなかに入っているため、電車を使っての移動は彼に聞けばどの電車を乗ればいけるだのどの電車のビジュアルはいいだの余計な知識までこっちも増えそうな気がする。
「……いや、僕ら分からないから奏人に任せるよ」
「おう、任せとけ。いや~、まじでどの路線から行こう?」
なんだか色々な電車に乗っていきそうだ。僕にとってはどうでもいいけど遊ぶ時間が減るのだけはやめてね?
「それにしてもオク遅いなぁ……。この前も遅刻したし、あいつは……。あっ、噂してたら来た」
師匠の声の方に振り向くと、確かにオクさんが歩いてきていた。
「……」
オクさんは無言でこちらに歩み寄ったあと、数秒の間を開けて、
「ごめん! 遅れた!」
と満面の笑みで言った──のだが、ちょうど背後にいた奏人の殺気に気がついてその笑みはすぐに消えた。
「……えっと、とりあえず行こうか?」
「お、おう。そ、そうだな。い、行こうぜ。美秋」
「えっ? 俺の彼女は?」
「あでででで! 腰折れるから!」
奏人はオクさんによく準備体操でやる腰を伸ばす運動をしていた。体が思いっきり沿っていて見てるこっちも腰が痛くなる。実際、僕はそっと自らの腰に手を当ててしまった。
くだぐだになりながらも、僕らは奏人が決めたルートでスポッチャを楽しむためにアミューズメント施設に向かった。
移動中も地元より少し離れた場所とは思えないほどの綺麗な景色に圧倒されながら、進み、外観で広いことがひと目で分かる大型のドーム状の施設にはいる。
受付をオクさんが済ませて、僕らはさて遊ぼうとなった。
始めにやったのは、卓球だ。
小学生の頃、クラブ活動で少しかじったことのある僕は、その感覚を野球部で鍛えられた努力と共に才能を開花。
男女でトップが対決するということになり、文化部で体力はおばけだが、あまり持久力がないオクさんを耐久戦で勝利し、奏人との戦いを控えていた。
師匠とだんちょーの対決は、本気でだんちょーを応援する奏人に苦笑いしながら、その応援が功を成してかだんちょーの勝利で決着がついた。
一対一の重みがこれほどかと僕は思う。奏人は今すぐにでも、サーブを打ちそうだった。
──結果から言うと、奏人のネットギリギリのサーブや怒濤のスマッシュに翻弄されてぼろ負けする。
レベルが違いすぎたのだ。僕と奏人との強さが。
結果、だんちょーが卓球対決を制し、負けたけど楽しかった僕は、次のゲームコーナーに向かった。
そこでは、オクさんやだんちょーを先生として音ゲーの練習をしたり、僕が得意なレーシングゲームでギアの変更やドリフトの方法などをレクチャーしたりとお互い教え合いながら、遊んでいると、いつの間にか午後になっていた。
空腹も忘れて、遊んだのはあまりにも久しぶりで、スポッチャ内にあったモスバーガーで食事をとった。
「……へぇ、オクさんってナゲットにマスタードつけるんだ」
「おう。これが美味いんだよな。悠真も食ってみろよ」
「……うん。あ、以外と美味しい」
「だろだろ!」
少しピリ辛なマスタードは今の僕を表しているようだった。辛い時間を乗り越えたからこそ、人付き合いに少し慎重になりすぎている、それが僕。
昼食からはもうあっという間だった。
昼からはカラオケ大会をして、二時間ぶっ通しで歌いまくった。
好きなバンドの曲を歌いすぎて次の日が入学式なのに喉が枯れるかもしれないが、それでもよかった。楽しい時間は、やっぱりあっという間だ。苦しい時間は長く感じるのに。
真昼の太陽は夕焼けに、そして漆黒の夜空に変わった。
電車での帰り道。定期的に小さく揺れる車内はあまりにも静かだった。
地元の景色が見えたとき、この時間がずっと続けばいいのになと思った。
「……明日から、高校生か」
僕の呟きにオクさんが反応した。
「だな。あー、まじで楽しかった」
「……うん」
「悠真はさ」
オクさんはそう一度区切った。彼は何かを見据えていて、そこには確かな優しさがあった。
「過去に後悔あるって言ったじゃん」
言った。受験が終わってから遊んだ帰り道、オクさんに根ぼり葉ぼり聞かされた。
「それってすごくいいことだと思うんだよな」
だから、そんな言葉がくるとは思ってもいなかった。
「だってよ、そんなにも悩めるのはそれほど大切だったってことだろ」
大切だった。そうだ。僕にとって、あの日々は苦しくも楽しい日々でもあった。
アイツに傷つけられて苦しかったけど、野球は楽しかった。
あの子に恋をしていたときは確かに毎日が煌めいていた。
「そんなやつに送る言葉があるんだけど──」
その言葉はいつだって肯定してくれる。誰もが否定をしたって自分自身が否定したって、この言葉だけは裏切らない。
「──過去は幸せになるための貯金、だと思うんだよな」
苦しいことはあった。だけど、これは幸せになるための小さな一歩。
自分を知り、人を知り、仲間を知るための後悔。
──青春は始まったばかり。新しい春の訪れは希望に満ちていた。
あの青春には、きっと意味がある。
《END》
楽しい時間というのはあっという間に過ぎ去る。次の日が充実したと思えば、また次の日が充実して去る。
不規則だった睡眠時間は部活動をやっていた頃の朝五時起きとなり、高校の教科書を読み、知識を少しずつ蓄える時間を作った。
早寝早起きとはこのことで、心なしかいつも疲れていた体が軽くなったような気がする。
春休み最終日。
今日は予定通り、スポッチャで遊ぶ。
朝から晩まで一日中楽しむとオクさんが言っていたので、今日はいつもは昼前には自宅をでるが、通学と同じくらいの時間帯に僕はでた。
今日、着ていくのはワインレッドのパーカーにいつものチノパン。いつも通りの僕らしい服装だ。
昨夜買ったワイヤレスイヤホンをスマホとペアリングさせ、僕がこの頃も、今も好きなバンドの曲をリピートさせながら、ぽてぽて歩く。
進路はオクさんの家ではなく、中学校の近くの駅。
皆家が近いから──僕は割と距離があるが──と理由でそこが集合場所に設定された。
交差点で信号を待っている途中、スマホをいじりながら、ふと信号が変わったかを確認するため、視線をあげると、開花した桜の花びらが舞っていることに気がついた。
この六日で桜は変化が訪れるのかと思いながら、僕は桜を見て、やはりと言うべきか──ふたつの後悔を思い出す。
桜舞うあの日に、もし、戻ることが出来たなら。
──あの子はちゃんと幸せになれただろうか。
──アイツは楽しく生きていけただろうか。
そう思ってしまう。後悔が離れてくれない。
『桜舞うあの日に返りあなたをもっと抱きしめてたなら──』
リピートしている曲がサビの部分に入った。
僕は、あの子を幸せに出来たのだろうか。
僕は、アイツと仲良くなれたのだろうか。
もしかしたら、意見や趣向が全然合わなくて更に酷い別れになっていたかもしれない。付き合ってもないのにこんなこと思うのはどうかと思うけど。
もしかしたら、僕らは似た者同士だったから意見さえ食い違わなければ部活動に愚痴りながらも、楽しい時間を過ごせていたのかもしれない。
過去は変えられない。だって、過去は過ぎ去った《今》の連続。大きな後悔から小さな後悔まで、ぜんぶ自分の責任だから。
だから、《今》の僕は思うよ。
あの青春には、意味がある。
過去に重く苦しい時間があったとしても、過去から作られた《今》の僕は、人付き合いに慎重になって、優しさで友人の心に寄り添って、雲を睨んでいたあの頃とは違って常に笑顔が絶えないから。
だから、きっと、この青春には意味がある。
大丈夫。僕はもう、大丈夫だ。
雲の切れ間から暖かな春の日差しが差し込んだ。宙に舞う桜の花びらが、その優しさに包まれて、希望と小さな微笑みを運んでくれた。
それからと言うもの、僕は無事に駅に到着した。
人通りが少ない駅のホームの壁にもたれながら、オクさんたちを待つ。約束の時間まではまだ三十分以上もある。早く来すぎてしまったかな……と思っていると、やはり、彼女らも楽しみを抑えられなかったようだ。
二人の女子とそれを優しく見守る男子は僕を見つけるや否や、こちらに駆け寄ってきた。
「悠真っ! なんやあんた早いな」
「……いつも通りじゃないかな」
「高野君、確かに学校でも結構早くに来てたもんね」
二人の女子──師匠とだんちょーは今日も元気をくれる。
僕はちらりとずっと気になっていた一人普段とは違いすぎる男子の姿を見た。
「いや~、どの駅から行こうかな~。地下鉄もいいけどやっぱ外の景色も見たいよな~。あっ、確か今日ってあの電車もあったし……。皆は何に乗りたい?」
奏人の瞳が輝きまくっているのは、電車に乗るからだ。
彼は生粋の電車オタク。電車を乗るのが好きな──いわゆる乗り鉄マニアであり、電車を外から撮るのが好きな──いわゆる撮り鉄マニアでもある。
ほとんどの路線名が頭のなかに入っているため、電車を使っての移動は彼に聞けばどの電車を乗ればいけるだのどの電車のビジュアルはいいだの余計な知識までこっちも増えそうな気がする。
「……いや、僕ら分からないから奏人に任せるよ」
「おう、任せとけ。いや~、まじでどの路線から行こう?」
なんだか色々な電車に乗っていきそうだ。僕にとってはどうでもいいけど遊ぶ時間が減るのだけはやめてね?
「それにしてもオク遅いなぁ……。この前も遅刻したし、あいつは……。あっ、噂してたら来た」
師匠の声の方に振り向くと、確かにオクさんが歩いてきていた。
「……」
オクさんは無言でこちらに歩み寄ったあと、数秒の間を開けて、
「ごめん! 遅れた!」
と満面の笑みで言った──のだが、ちょうど背後にいた奏人の殺気に気がついてその笑みはすぐに消えた。
「……えっと、とりあえず行こうか?」
「お、おう。そ、そうだな。い、行こうぜ。美秋」
「えっ? 俺の彼女は?」
「あでででで! 腰折れるから!」
奏人はオクさんによく準備体操でやる腰を伸ばす運動をしていた。体が思いっきり沿っていて見てるこっちも腰が痛くなる。実際、僕はそっと自らの腰に手を当ててしまった。
くだぐだになりながらも、僕らは奏人が決めたルートでスポッチャを楽しむためにアミューズメント施設に向かった。
移動中も地元より少し離れた場所とは思えないほどの綺麗な景色に圧倒されながら、進み、外観で広いことがひと目で分かる大型のドーム状の施設にはいる。
受付をオクさんが済ませて、僕らはさて遊ぼうとなった。
始めにやったのは、卓球だ。
小学生の頃、クラブ活動で少しかじったことのある僕は、その感覚を野球部で鍛えられた努力と共に才能を開花。
男女でトップが対決するということになり、文化部で体力はおばけだが、あまり持久力がないオクさんを耐久戦で勝利し、奏人との戦いを控えていた。
師匠とだんちょーの対決は、本気でだんちょーを応援する奏人に苦笑いしながら、その応援が功を成してかだんちょーの勝利で決着がついた。
一対一の重みがこれほどかと僕は思う。奏人は今すぐにでも、サーブを打ちそうだった。
──結果から言うと、奏人のネットギリギリのサーブや怒濤のスマッシュに翻弄されてぼろ負けする。
レベルが違いすぎたのだ。僕と奏人との強さが。
結果、だんちょーが卓球対決を制し、負けたけど楽しかった僕は、次のゲームコーナーに向かった。
そこでは、オクさんやだんちょーを先生として音ゲーの練習をしたり、僕が得意なレーシングゲームでギアの変更やドリフトの方法などをレクチャーしたりとお互い教え合いながら、遊んでいると、いつの間にか午後になっていた。
空腹も忘れて、遊んだのはあまりにも久しぶりで、スポッチャ内にあったモスバーガーで食事をとった。
「……へぇ、オクさんってナゲットにマスタードつけるんだ」
「おう。これが美味いんだよな。悠真も食ってみろよ」
「……うん。あ、以外と美味しい」
「だろだろ!」
少しピリ辛なマスタードは今の僕を表しているようだった。辛い時間を乗り越えたからこそ、人付き合いに少し慎重になりすぎている、それが僕。
昼食からはもうあっという間だった。
昼からはカラオケ大会をして、二時間ぶっ通しで歌いまくった。
好きなバンドの曲を歌いすぎて次の日が入学式なのに喉が枯れるかもしれないが、それでもよかった。楽しい時間は、やっぱりあっという間だ。苦しい時間は長く感じるのに。
真昼の太陽は夕焼けに、そして漆黒の夜空に変わった。
電車での帰り道。定期的に小さく揺れる車内はあまりにも静かだった。
地元の景色が見えたとき、この時間がずっと続けばいいのになと思った。
「……明日から、高校生か」
僕の呟きにオクさんが反応した。
「だな。あー、まじで楽しかった」
「……うん」
「悠真はさ」
オクさんはそう一度区切った。彼は何かを見据えていて、そこには確かな優しさがあった。
「過去に後悔あるって言ったじゃん」
言った。受験が終わってから遊んだ帰り道、オクさんに根ぼり葉ぼり聞かされた。
「それってすごくいいことだと思うんだよな」
だから、そんな言葉がくるとは思ってもいなかった。
「だってよ、そんなにも悩めるのはそれほど大切だったってことだろ」
大切だった。そうだ。僕にとって、あの日々は苦しくも楽しい日々でもあった。
アイツに傷つけられて苦しかったけど、野球は楽しかった。
あの子に恋をしていたときは確かに毎日が煌めいていた。
「そんなやつに送る言葉があるんだけど──」
その言葉はいつだって肯定してくれる。誰もが否定をしたって自分自身が否定したって、この言葉だけは裏切らない。
「──過去は幸せになるための貯金、だと思うんだよな」
苦しいことはあった。だけど、これは幸せになるための小さな一歩。
自分を知り、人を知り、仲間を知るための後悔。
──青春は始まったばかり。新しい春の訪れは希望に満ちていた。
あの青春には、きっと意味がある。
《END》