***
桜の蕾がいつ咲くかタイミングを見計らっている頃。卒業式を終えた中学生は、高校生になるために何かと忙しい日々を送ることだろうと思っていた。
しかし、僕──高野悠真は、そんなことは無かった。
高校からでる課題の量に驚きながらも、ちゃんと期限内に余裕をもって終わらせたので、準備うんぬん課題うんぬんに追われることはなく、次第に時間を浪費する日々が続いていた。
しかし、中学校の頃に仲がそれなりによかった奥之宮隆司──通称オクさんからかかった電話によって、その後の日々が劇的に変わるとはこのときの僕は思いもしなかっただろう。
『おいーっす! 久しぶりだな! 悠真! 元気にしてるかー!』
電話にでた瞬間、スピーカーにしていないのにも関わらず、耳のなかで爆音が鳴ったのをどう説明すればいいのだろうか。痛い。耳鳴りしたよ。
「……久しぶり。オクさん。元気でよかったよ。どうしたの?」
オクさんが僕に電話をするときには、決まってゲームセンターに遊びに出かけるときだった。
『あー、いつも絡んでいたメンバーで、遊ぼうぜってことになってよ。どうだ?』
いつも絡んでいたメンバーということは、だんちょーや師匠もいるということか。このメンバーで過ごした時間は本当に楽しかったと染々と思った。
「……久しぶりに皆の顔もみたいからね。遊ぼう。それで、どこに待ち合わせなの?」
『俺ん家』
「……おっ、ゲームセンターじゃないんだ。もしかして、金欠?」
『なんで分かるんだよ……。とりあえず、昼頃こいよ!』
「……了解」
それが電話の内容だった。オクさんは、卒業から変わっていないようでなんだかホッとした。
人が変わったような人間もいれば、変わらない人間もいる。でも、どこかでその人も悲しんでいる。そんな些細なことをこの日々で彼から教わった。
昼頃、僕は茶色のロングTシャツに黒のチノパン、薄紫色のパーカーを着用して家をでた。
三月下旬の太陽は、穏やかな気候だった。寒さに凍えることもなく、暑さにやられることもない。
オクさんの家までは歩いていった途中、お菓子があった方がいいだろうと、プリッツとポテトチップスを買っていった。
マンションの玄関ホールから、オクさんの家の番号である二〇三号室のインターホンを押した。
プルルルと呼び鈴が鳴り、数秒後、ばたばたという音が次は聞こえた。
「よ! 久しぶりだなぁ! 悠真! 結構髪伸びたなー!」
「……久しぶり。オクさん。今伸ばしているんだよ」
「いいじゃん。似合ってるし。とりあえず、入れー! あっ、手は洗ってくれよー?」
「……もちろん」
浴室と連なっている洗面場で手を洗ってから、僕はリビングに向かった。
そこには、オクさんの他にもう一人の男子と二人の女子がいた。
「あっ、高野だっ! 久しぶりだなあんたっ! 元気にしていたっ? 死んでない?」
再会そうそう生存確認をしてきたツインテールの女子は今日も元気いっぱいだ。僕より小さい背丈に似合わぬ巨大な胸部に少し目のやり場に困る。
彼女は、僕の絵の師匠をしてくれている人で、僕は彼女のことを師匠と呼んでいる。本名は松川美秋だ。
「……師匠、久しぶり。もちろん、生きてるよ」
「そっか! よかったよかった。とりあえず袋のなかの物よこせっ!」
「……おいっ、ちょっと」
強引に僕が買ってきたプリッツを掴み取り、皆が食べやすいように広げた。配慮は完璧だが、買った本人に許可を取らないのはどうなんだと思う。
師匠の行動に静かにツボにハマっている少女をちらりと見た。
かつて好きだったあの子と同じくらいの髪型なので、一瞬あの子がいるのかと思ってしまったが、そんなことはない。
「もう、美秋は……。高野君の勝手に取ったらだめでしょ。久しぶり。元気にしてた?」
彼女は、恐れずにずばずばと物事をいう男勝りな性格と優しさを持ち合わせている。
「……うん。久しぶり。だんちょー」
だんちょーと呼んでいるショートカットの少女だ。彼女はくせっ毛なのか少し毛先がはねている。
「『だんちょー』って……。まだそれで呼んでるの? 名前、忘れてないよね?」
こう彼女が聞いてくるのは以前、同じクラスになったとき、一度名前をど忘れしてしまったからだ。
もちろん、覚えているに決まっている。
「……覚えてるよ。星崎優香でしょ」
「は? 優莉ですけど? ざけんな高野」
「……ごめん、ネタだってば。覚えているよ。星崎さん」
キレられる始末。彼女はちょっと不良チックなところがある。
「名前で呼んでよ」
「……いや君の彼氏に殺されるんで……」
それが理由でも建前でもあったが、本当の理由の半分は名前を忘れていた。ごめんね。もう面倒だから心のなかではだんちょーと呼んでおこう。
さきほどから、僕のことを睨みまくっている男の方をみる。
お願いだからやめてくれる? 圧かけるの。誰も君の彼女はとらないから。
「あー、悠真のこと殺しそうになったなぁー。久しぶりだねぇー。人の彼女とイチャついた感想はどうかなぁ!?」
最後のひと言以外は棒読みで言った男の名前は、速水奏人という電車オタクだ。
「……久しぶり。奏人。別にイチャついてなんかないよ。それよりも、殺気出すのやめてくれる? 僕、まだ死にたくないんだけど」
僕が苦笑しながら彼にそう言うと、奏人は身体中から放っていた殺気をなくした。
「ふん……、そうかよ。次俺の彼女に手ぇだしたら殺すからな。さっきも言ったけど、久しぶりだな」
そう言いながら、自然とだんちょーの頭を撫でる奏人。手ださないから。だせるわけないでしょ。君に殺されるよ。
うんやっぱり、一番イチャついてるの君たちだからね。
「とりあえず、悠真も来たし始めるか。えー、今日は俺のアポなしの突然の電話に快く答えてくれてありがとう。今日は存分に楽しんでいってくれよな! かんぱーい!」
「「「「かんぱーい!!!!」」」」
僕が話している間にだんちょーが紙コップいれてくれた麦茶の端を皆の紙コップにぶつけ、オクさん主催の卒業兼少し早い高校入学祝いパーティーが始まった。
桜の蕾がいつ咲くかタイミングを見計らっている頃。卒業式を終えた中学生は、高校生になるために何かと忙しい日々を送ることだろうと思っていた。
しかし、僕──高野悠真は、そんなことは無かった。
高校からでる課題の量に驚きながらも、ちゃんと期限内に余裕をもって終わらせたので、準備うんぬん課題うんぬんに追われることはなく、次第に時間を浪費する日々が続いていた。
しかし、中学校の頃に仲がそれなりによかった奥之宮隆司──通称オクさんからかかった電話によって、その後の日々が劇的に変わるとはこのときの僕は思いもしなかっただろう。
『おいーっす! 久しぶりだな! 悠真! 元気にしてるかー!』
電話にでた瞬間、スピーカーにしていないのにも関わらず、耳のなかで爆音が鳴ったのをどう説明すればいいのだろうか。痛い。耳鳴りしたよ。
「……久しぶり。オクさん。元気でよかったよ。どうしたの?」
オクさんが僕に電話をするときには、決まってゲームセンターに遊びに出かけるときだった。
『あー、いつも絡んでいたメンバーで、遊ぼうぜってことになってよ。どうだ?』
いつも絡んでいたメンバーということは、だんちょーや師匠もいるということか。このメンバーで過ごした時間は本当に楽しかったと染々と思った。
「……久しぶりに皆の顔もみたいからね。遊ぼう。それで、どこに待ち合わせなの?」
『俺ん家』
「……おっ、ゲームセンターじゃないんだ。もしかして、金欠?」
『なんで分かるんだよ……。とりあえず、昼頃こいよ!』
「……了解」
それが電話の内容だった。オクさんは、卒業から変わっていないようでなんだかホッとした。
人が変わったような人間もいれば、変わらない人間もいる。でも、どこかでその人も悲しんでいる。そんな些細なことをこの日々で彼から教わった。
昼頃、僕は茶色のロングTシャツに黒のチノパン、薄紫色のパーカーを着用して家をでた。
三月下旬の太陽は、穏やかな気候だった。寒さに凍えることもなく、暑さにやられることもない。
オクさんの家までは歩いていった途中、お菓子があった方がいいだろうと、プリッツとポテトチップスを買っていった。
マンションの玄関ホールから、オクさんの家の番号である二〇三号室のインターホンを押した。
プルルルと呼び鈴が鳴り、数秒後、ばたばたという音が次は聞こえた。
「よ! 久しぶりだなぁ! 悠真! 結構髪伸びたなー!」
「……久しぶり。オクさん。今伸ばしているんだよ」
「いいじゃん。似合ってるし。とりあえず、入れー! あっ、手は洗ってくれよー?」
「……もちろん」
浴室と連なっている洗面場で手を洗ってから、僕はリビングに向かった。
そこには、オクさんの他にもう一人の男子と二人の女子がいた。
「あっ、高野だっ! 久しぶりだなあんたっ! 元気にしていたっ? 死んでない?」
再会そうそう生存確認をしてきたツインテールの女子は今日も元気いっぱいだ。僕より小さい背丈に似合わぬ巨大な胸部に少し目のやり場に困る。
彼女は、僕の絵の師匠をしてくれている人で、僕は彼女のことを師匠と呼んでいる。本名は松川美秋だ。
「……師匠、久しぶり。もちろん、生きてるよ」
「そっか! よかったよかった。とりあえず袋のなかの物よこせっ!」
「……おいっ、ちょっと」
強引に僕が買ってきたプリッツを掴み取り、皆が食べやすいように広げた。配慮は完璧だが、買った本人に許可を取らないのはどうなんだと思う。
師匠の行動に静かにツボにハマっている少女をちらりと見た。
かつて好きだったあの子と同じくらいの髪型なので、一瞬あの子がいるのかと思ってしまったが、そんなことはない。
「もう、美秋は……。高野君の勝手に取ったらだめでしょ。久しぶり。元気にしてた?」
彼女は、恐れずにずばずばと物事をいう男勝りな性格と優しさを持ち合わせている。
「……うん。久しぶり。だんちょー」
だんちょーと呼んでいるショートカットの少女だ。彼女はくせっ毛なのか少し毛先がはねている。
「『だんちょー』って……。まだそれで呼んでるの? 名前、忘れてないよね?」
こう彼女が聞いてくるのは以前、同じクラスになったとき、一度名前をど忘れしてしまったからだ。
もちろん、覚えているに決まっている。
「……覚えてるよ。星崎優香でしょ」
「は? 優莉ですけど? ざけんな高野」
「……ごめん、ネタだってば。覚えているよ。星崎さん」
キレられる始末。彼女はちょっと不良チックなところがある。
「名前で呼んでよ」
「……いや君の彼氏に殺されるんで……」
それが理由でも建前でもあったが、本当の理由の半分は名前を忘れていた。ごめんね。もう面倒だから心のなかではだんちょーと呼んでおこう。
さきほどから、僕のことを睨みまくっている男の方をみる。
お願いだからやめてくれる? 圧かけるの。誰も君の彼女はとらないから。
「あー、悠真のこと殺しそうになったなぁー。久しぶりだねぇー。人の彼女とイチャついた感想はどうかなぁ!?」
最後のひと言以外は棒読みで言った男の名前は、速水奏人という電車オタクだ。
「……久しぶり。奏人。別にイチャついてなんかないよ。それよりも、殺気出すのやめてくれる? 僕、まだ死にたくないんだけど」
僕が苦笑しながら彼にそう言うと、奏人は身体中から放っていた殺気をなくした。
「ふん……、そうかよ。次俺の彼女に手ぇだしたら殺すからな。さっきも言ったけど、久しぶりだな」
そう言いながら、自然とだんちょーの頭を撫でる奏人。手ださないから。だせるわけないでしょ。君に殺されるよ。
うんやっぱり、一番イチャついてるの君たちだからね。
「とりあえず、悠真も来たし始めるか。えー、今日は俺のアポなしの突然の電話に快く答えてくれてありがとう。今日は存分に楽しんでいってくれよな! かんぱーい!」
「「「「かんぱーい!!!!」」」」
僕が話している間にだんちょーが紙コップいれてくれた麦茶の端を皆の紙コップにぶつけ、オクさん主催の卒業兼少し早い高校入学祝いパーティーが始まった。