「雨が苦手なわけじゃなくて、雨の日に運転するのが苦手なんだ。ちょっと、事情があって……」
それを聞いて、母と揉めて家を飛び出した日のことを思い出した。
不貞腐れてハンバーガーショップで時間を潰していたわたしを探しに来てくれた那央くん。そんな彼に、「まだ帰りたくないからどこかに連れて行って」と駄々をこねたら、「今日はどこにも連れて行けない」と断られた。
あの日も雨が降っていて、那央くんは歩いてわたしを家まで送ってくれた。
あのとき、那央くんが「どこにも連れて行けない」と言ったのは、連れて行くのが嫌だったのではなくて、物理的に連れて行けなかったからだ。
「那央くん、駅の近くに駐車場はないの? そこまで頑張って車を移動させて、それから歩いて那央くんちまで帰ろう」
那央くんの左肩にそっと手を置いて提案すると、彼が戸惑うように瞳を揺らした。
「ずっとここに止めとけないでしょ。だから、とりあえず、車はどっかに置いていこう。あ、音楽でもかけたら気が紛れるかな」
カバンからスマホを取りだして音楽を選んでいると、那央くんが握りしめたハンドルにこつんと額をつけた。
「悪い。うちまでは何とか帰れると思うから。付き合ってくれる?」
顔を伏せた那央くんが、弱々しい声で訊ねてくる。
「いいよ。那央くんちに着いたら、傘貸してくれる?」
「ごめん……」
別に謝る必要なんてないのに。那央くんの掠れた声に、胸が痛む。