「那央くん、車出さないの?」
「え、あ、うん……」

 わたしの声に反応してビクッと肩を震わせた那央くんが、ハンドルから一度指を離して、ゆっくりと握り直す。よく見ると、その手は微かに震えていた。

 那央くん、寒いのかな。雨に濡れたから、風邪ひいたのかも。エアコンの温度を調整しようと手を伸ばして、那央くんがフロントガラスにあたる雨を虚ろな目で見つめていることに気付く。

 まさかとは思うけど……。

「那央くん、雨苦手?」

 ハンドルにかかった那央くんの指が、わたしの言葉に反応するようにビクッと痙攣する。

「いや、別に。すぐ出すから」

 そう言ったきり、那央くんがまたフロントガラスを見つめて動かなくなる。

 後ろの車の運転手はついに痺れを切らしたのか、短くクラクションを鳴らして合図をすると、左側からかなり無理やり那央くんの車を追い抜いていった。

「那央くん、ほんとに大丈夫?」

 心配になって、服の裾をちょっと引っ張ると、那央くんが振り向いた。その顔は、今にも倒れてしまいそうなくらいに真っ白だ。

「ごめん。おれが運転してるあいだ、何か話しててくれる?」
「いいけど……」

 こんなに真っ青になっているのに、本当に大丈夫なんだろうか。震える手で前髪を掻き上げて深呼吸する那央くんの横顔を、不安な面持ちで見つめる。