「家を飛び出して探させたり、海に連れて行かされたりしてるのに、こんなところで遠慮するんだな」
口元に手をあてて、ふっと息を漏らした那央くんの表情が和らぐ。
「じゃぁ、お言葉に甘えて乗せてもらおうかな……」
「今さらだな」
呆れた顔で笑う那央くんは、いつもどおりの那央くんで。少しほっとしながら、彼の車の助手席に乗り込む。
だけど、シートベルトを締めて、エンジンをかけても、那央くんはなかなか車を発進させようとしなかった。緊張気味に両手でハンドルを握りしめて、フロントガラスの雨を弾くワイパーをジッと見つめている。
海に行くときにも車に乗せてもらったけど、あのときの那央くんはもっとリラックスした様子で運転していた。それが、今はなんだか様子がおかしい。
「那央くん……?」
心配になって声をかけたとき、後ろの車がクラクションを鳴らしてきた。
エンジンをかけたままロータリーから動かない那央くんの車が邪魔になっているんだろう。バックミラーに映った後ろの車の運転手が、ハンドルを指先で叩きながら顔を顰めてこちらの様子を窺っていた。
後ろの車の鳴らしたクラクションの音は聞こえているはずなのに、那央くんはまだ、ギアをドライブに入れ替える素振りも見せない。