駅の入り口の屋根の下に入って、ほっと一息ついたとき、ロータリーでクラクションが鳴った。急に響いてきた音にビックリして振り向くと、見覚えのある黒のSUVが駅前のロータリーに止まっていた。
雨なのに全開にした運転席の窓から、黒髪の男の人が体を乗り出している。よく見ると、それは那央くんだった。
車のそばには、この前見かけた清楚な雰囲気の彼女がいて。那央くんは、彼女と口論になっていた。
「とにかく、乗れって。どこかでちゃんと話そう」
「乗らない。話すこともない。今日は帰る」
プイッと車に背を背を向けた彼女が、駅の改札のほうへと歩いて行く。慌てて運転席から降りてきた那央くんが、彼女の腕を捕まえて引き止めようとするけど。彼女は、那央くんの手を振り払って拒絶した。
「那央は、結局、私のことなんて少しも見てない! 昔も今も、ずっと、そう」
少し離れた場所に立っていたわたしのところにまで、彼女がヒステリックに叫ぶ声が聞こえてくる。駅の改札に向かって走り去って行く彼女のことを、那央くんはもう追いかけようとはしなかった。
彼女の行ってしまったほうを無表情でジッと見つめる那央くんの肩が、雨に打たれて濡れていく。
このまま、何も見なかったフリをしていたほうがいいのかもしれない。そう思ったけど、雨に濡れて呆然としている那央くんのことが心配で、いてもたってもいられなくなった。