わたしが「実は健吾くんのことが好きだ」と言ったら、母はどうするつもりなんだろう。きっと困って、ますますわたしとの距離の取り方がわからなくなるに決まってる。

「何もわかってないくせに」

 ボソリとつぶやくと、母が怯えたように小さく肩を震わせた。その態度に、失望のため息が溢れる。

 力になるなんて、どうせ口先だけだ。今の母は、わたしのことを何もわかってないし、たぶん理解するつもりもない。
 わたしの顔色を窺いながら、反抗期が早く終わればいいのにと思っているんだろう。

「お母さんがわたしの力になれることなんて、ひとつもないよ」
「沙里……」

 横目に睨むと、母が悲しそうにわたしを見つめ返してきた。その眼差しが、わたしの心をかき乱して苛立たせる。

 健吾くんと再婚した母が悪いわけではない。母との関係を壊したいわけでも、悪化させたいわけでもない。お父さんが亡くなったあと、母がどれだけ大変な思いでわたしを育ててくれたかもわかっているつもりだ。

 だけど……、最近の母とは今までのように波長が合わない。一緒にいると、苛立って、ときどき苦しくなる。髪を拭いたタオルを廊下に落とすと、わたしは母に背を向けた。

「沙里、どこ行くの?」

 母が玄関のドアに手をかけたわたしを呼び止める。行き先なんて、決めていなかった。
 母の気配を感じずにすむ場所ならどこでもいい。そう思って、家を出た。