「わたし、ここで待ってる」
無理やり口角を引き上げて笑うと、健吾くんがほっとしたように頬を緩めた。
「わかった。すぐ戻るから」
健吾くんが、寄りかかったままでいたわたしの肩をそっと押しやる。その力は控えめで優しかったけれど、なんとなく突き放されたようで胸が痛んだ。
わたしから離れた健吾くんが、コンビニに向かうために道路を渡る。その背中がコンビニのドアの向こうに消えるのを確認すると、わたしは駅に向かって一目散に駆け出した。
靴擦れも、足が痛くて歩けないというのも健吾くんの気を惹くための嘘だったけど、さすがにヒールの高い慣れない靴ではうまく走れない。
靴が脱げないようにつま先に力を入れたら、駅に着く頃には本当に靴擦れを起こして足が痛くなってしまった。特に、足の小指の横が痛い。
痛みに耐えながらなんとか電車に乗り込んで、空いている座席によたよたと倒れ込むように腰を下ろす。
咄嗟に逃げてきてしまったけれど、健吾くんはもうとっくにわたしがいなくなったことに気が付いているだろう。
一時的に目の前から逃げたって、どうせ家で顔を合わすことになるのに。バカなことをした。
逃げたこともだし、うっかり「好き」だなんて口にしかけたことだってよくなかった。
そもそも「誕生日にオシャレなレストランで食事がしたい」なんて欲を出さなければよかった。