「駅まで距離あるけど、歩けそう?」
わたしの前に立った健吾くんが、優しく右手を差し伸べてくる。その手に指で触れると、わたしの胸の音がドキドキが加速した。
デマカセでも弱さを見せたら、健吾くんは優しくしてくれるんだ……。そう思ったら、欲が出た。
健吾くんにとっての一番は、今は母かもしれない。だけどいつか彼、の気持ちがわたしに傾く日がくるかもしれない。
だって、健吾くんは「足が痛い」と言ったわたしの嘘に簡単に騙されて、優しくしてくれるんだから。
大人の男の人らしく分厚さのある健吾くんの手のひらを握ると、足が痛いフリをして、彼の正面から肩口に軽く額を押し付ける。
これまでも、ふざけて健吾くんに腕を絡めてみたことはある。だけど、こんなふうに大胆に彼にくっついたのは初めてだった。
すぐそばに健吾くんの体温が感じられて、心臓が千切れそうに痛い。
このまま彼がわたしだけのものになってしまえばいいのに。重ねた手のひらをぎゅっと握りしめると、健吾くんが小さく肩を震わせた。