「健吾くん、今日はありがとう」
「どういたしまして。ちょっとはおとなの気分を味わえた?」
「うん、また来年の誕生日にも連れてきてもらおうかな」
「すっかり味をしめたな。じゃぁ、来年の誕生日も再来年の誕生日も連れていってやるよ」

 垂れ気味の目を細めて笑う健吾くんの言葉にドキッとする。来年も再来年も、健吾くんとふたりで誕生日の夜を過ごせたらいいな。密かにそう思っていたのに。

「来年はお母さんも一緒にお祝いできるといいな」

 健吾くんにそう言われて、わたしの願望はあっさりと打ち砕かれた。

「そういえば、駅の構内にケーキ屋あったよな。ホールケーキは無理だけど、夜勤から帰ってきた真由子さんともお祝いできるように、カットケーキでも買って帰る?」

 ガッカリするわたしをよそに、健吾くんが笑顔でそんな提案をしてくる。真由子というのは母の名前で、健吾くんはときどき、わたしの前でも母のことを「真由子さん」呼びする。

 スマホで駅構内のケーキ屋の情報を調べ始めた健吾くんの横顔を見つめながら、彼にとっての一番はやっぱり母なのだと思い知らされる。