「お母さんが来れなくて、残念だったね」

 ワインとジュースで乾杯をしたあと、健吾くんが隣に空いたスペースに視線を向けて残念そうにつぶやいた。

 健吾くんが予約していた人数は三名。初めは母も一緒に来る予定だったのだが、急な勤務変更で夜勤に入ることになり、来れなくなってしまったのだ。

 薄情な娘だとは思うけど、わたしは今夜のお祝いの席に母がいないことを残念だとは思わない。
 
 母からのお祝いの言葉ならこの十七年間で充分過ぎるほどもらってきたし、むしろ健吾くんとふたりきりで誕生日の夜を過ごすことができて浮かれている。

 この日のために、普段よりもちょっとだけいいワンピースとヒールが高くて大人っぽい靴をお小遣いで買ったし、お酒は飲めないけど、こんなふうに健吾くんとフランス料理のコースを囲んでいるだけで、大人のデートをしている気分になれる。

 母がいなくて残念だと思っているのは、わたしではなくて健吾くんだ。ときおり、母が座るはずだったテーブルの空席に視線を投げている彼に気付いて、少しだけ胸が痛くなる。