「ここからだと、歩いて二十分くらいです」
自宅の方角を指さしながらそう言うと、葛城先生が「まぁまぁ、遠いな」と独り言みたいにつぶやく。それから肩にかけていた黒のボディバッグからスマホを取りだすと、わたしを見て首を傾げた。
「夜遅いし、岩瀬の家まで送っていく。それと、岩瀬が俺と一緒にいるってことを桜田先輩に連絡させてもらうな?」
葛城先生が健吾くんの名前を口にするから、ドキリとした。
「どうしてですか?」
「だって、もうすぐ0時回る頃なのに。高校生の娘がふらっと外に出かけて帰って来なかったら、俺が親なら心配する。それとも、連絡したらいけない事情でもあるのか?」
葛城先生が綺麗な切れ長の目でジッと見てくる。
放課後の化学準備室では、わたしにろくな説教もできずに困ったような表情を浮かべていたくせに。今の葛城先生はとても強気な目をしていた。
たしかに、今のこの状況では軽装で夜道をうろついているわたしのほうが分が悪い。