「沙里?」
閉じたドアの向こう側から母の声が追いかけてきたような気がしたけど、立ち止まる気持ちにはなれない。
けれど、夜道を走り抜けて自宅から五番目に近いコンビニが見えてきたとき、さすがに失敗したなと思った。
お風呂上りに衝動的に家を飛び出してきたせいで、財布もスマホを持っていない。服装は部屋着にしている緩めのスウェットに半袖Tシャツだし、濡れたままだった髪は外気に触れてすっかり冷えていた。
昼間はともかく、春の夜はまだまだ肌寒い。小さく身震いをして、Tシャツの袖からむき出しになった両腕を温めるように手のひらで擦る。
暖を取るためにコンビニに入りたいけれど、女子高生が夜遅くに財布も持たずに店内をうろついていたら不審に思われるだろう。
癪だけど、財布もスマホも持っていない未成年は大人しく家に帰るしかない。
母も健吾くんも、わたしが玄関を飛び出す音に気付いていたようだから、帰ったら夜遅くに黙って外出したことを怒られるだろう。
いっそのこと親が放任主義だったら気が楽だけど、母も健吾くんも、わたしの素行には結構厳しい。
今日の放課後のことだって、あのまま三上先生に生徒指導室に連れて行かれていたら、母に連絡が入って、いろいろと問い詰められていたことだろう。そう考えると、助けてくれた葛城先生にはもう少し感謝すべきだったのかもしれない。