夜の十一時頃にお風呂から上がってくると、入浴前には誰もいなかったはずのリビングに電気が灯っていた。

 健吾くんはわたしよりも先にお風呂を済ませて寝室にこもっていたから、母が帰ってきたのだろう。「おかえり」と声をかけようと思ったら、リビングから話し声が聞こえてきた。

 ドアの陰からリビングをそっと覗き込むと、母と健吾くんがダイニングテーブルの椅子に横並びで腰かけて談笑している。

 遅い夕食を食べ終えた母と一緒に紅茶を飲んでいるらしい。小声で話すふたりの会話の内容はよく聞こえないけれど、母も健吾くんもなんだか嬉しそうだった。

 特に健吾くんは、隣に座る母にとても優しい眼差しを向けている。

 健吾くんは普段から優しいけれど、彼が母を見るときの目はわたしを見るときの目とは明らかに違う。健吾くんは母のことを、ひとりの女性として、愛おしくてたまらないという目で見ている。

 お互いに話に夢中になっている母と健吾くんは、ドアの陰にわたしが立っていることに気付く様子もなかった。