「そういえば、桜田先輩ってまだ帰ってきてないの?」
飲み残したココアのカップを両手でぎゅっと握りしめといると、那央くんが突然、そんなふうに訊いてきた。
「うん。わたしが健吾くんと家族になるって決めるまでは、絶対に戻らないつもりなんだと思う」
「早く、迎えに行ってあげればいいのに。岩瀬の中では、もう答えは出てるんだろ?」
小さく頷くと、那央くんが笑う。
「岩瀬には、お母さんがサラッと桜田先輩との再婚を決めたみたいに見えてるのかもしれないけど……。お父さんのことを吹っ切るまでに、いろんな葛藤があったと思うよ。亡くなった人を想ってるお母さんのことを七年も支えてきた桜田先輩だって、いつも笑ってるけど、本当は辛い悲しい思いもいっぱいしてきたと思う。岩瀬のお母さんも桜田先輩も、そういうの全部ひっくるめて、お互いをパートナーに選んだんでしょ。もちろん、岩瀬のことも考えて」
那央くんに言われて、父が亡くなったあと、母がしばらくのあいだものすごく落ち込んでいたことを思い出した。
食欲が出ないと言って、ろくにごはんも食べずに毎日仕事に出ていたような気がする。やつれて倒れそうになっていた母に気付いて、そばに付いていてくれたのは、母の幼なじみだった健吾くん。健吾くんがいなかったら、きっと母とわたしの今はない。