那央くんが家を飛び出して行ったあと、しばらくして雨が降ってきた。雷も鳴るほどの激しい雨て、心配した夕夏さんは那央くんのことを外に探しに行った。あまりの雨量に、道路の側溝からも水が溢れてくるほどで、足元も視界も悪かった。
夕夏さんが交差点で信号待ちをしているとき、スピードを出していた車がスリップして歩道に突っ込み、彼女を撥ねた。頭を強く打ち付けた夕夏さんは、そのことが原因で亡くなってしまったそうだ。
「ケンカして家を飛び出したおれは、彼女がおれを探し回っているときも、病院に運ばれてるときも、駅の近くのコーヒーショップで雨宿りしながら不貞腐れてた。椅子に引っ掛けてほったらかしていたカバンの中で、スマホに何度も彼女からの着信があったことにも気付かなかった。最後の留守電には、雨の音に混じって『一緒に住もうって言ってくれたこと、嬉しかったよ。もう一回、ちゃんと話そう』っていうメッセージが入ってて。彼女の気持ちも考えずにひどいこと言って、家を飛び出した自分を死ぬほど呪った。彼女は、おれと一緒に住みたくないから断ったんじゃなくて、もう少し仕事に慣れてから一緒に住みたいって思ってただけなのに」
那央くんの話を聞いて、親に黙って家を飛び出したわたしのことを何度も注意してきた理由がわかった。
『黙って飛び出して、あとで後悔しても取り返しがつかない』
いつか那央くんがわたしにそう言ったのは、亡くなった彼女のことがあったからだ――……。
泣きそうになってうつむくと、那央くんが、わたしの頭に手をのせた。
「しんみりさせて悪い」
眉を下げて無理やり笑おうとする那央くんの顔を見ると辛い。千切れそうに、心臓が痛い。