──人付き合いによって、価値観や世界観が変わる。
それは僕にとっても都合の良い事だった。創作仲間が出来たその日から、世界は変わった。
***
最近、よく人と関わる。こんなことを言うと、当たり前のことのように聞こえるだろう。
小学校からの付き合いであるツインテ巨乳女子の師匠。
なんで、彼女をそう呼んでいるのかは、僕に絵を教えてくれているからだ。少し、目のやり場が困るときがある態度をすることがあるが、まぁ、気にしなければいいだけだ。
続いて、これも小学校からの付き合いであるだんちょー。
彼女は、ハネ気味のショートカットヘアーで顔もそれなりに可愛いとは思う。
彼氏持ちで恋愛を楽しんでいるらしい。
僕にはもう叶わない事だけど。
ここ最近から、恋愛に対しての興味が消え去った。別に誰のせいでも無い。
そして、浮世絵好きのオクさんと呼んでいる人物だ。
彼は、僕とは幼稚園からの腐れ縁。
全てがダルそうな目付きは眼鏡をかければイケメンに見える。
僕と同じくらいの身長で、絵がすごく上手い。たぶん、師匠よりも。
このメンバーと僕でよく関わる事が多い。
僕はちょうどこの頃に処女作である恋愛小説を書き始めたから、彼女らが持っている世界観を使わせてもらっていたりした。
特にだんちょーの彼氏とのイチャイチャはとても参考になった。
僕は卒業までこのメンバーで関わる事が多かったのだけど、彼女らと居た時間はとても有意義だった。
人との関わり方を変えただけで、少し未来が変わった。
「高校は、どこに行くかちょっとは決めた?」
担任の女先生は夏の懇談会のときにそう言った。
近年の懇談会では昔のように必ず出来ないとか無謀だと罵倒するのはしてはいけないらしい。
僕はそれなりに自分がいける高校を選んで、そこに見事合格したから本当によかった。
「商業高校に行きたいです。資格があれば、仕事にも困らないので」
僕はそうハッキリと告げた。
高校生活に別に期待はこのときも今もしていない。
恋は高校の間はしないつもりでいるし、別に部活動にも入らないつもりでいたから、これからのAIによって仕事が奪われると言われている社会に対する耐性は付けていくつもりでいた。
商業、経理の仕事ならAIに取られないし、公務員とかになれば生涯安泰だ。
「なるほど。そこの高校なら君の学力的にも安定しているから現状行けそうだね。でもここからだから頑張ろう」
落ちたらシャレにならないから。
僕はそれなりな覚悟は決めた。
野球部に入っていた時のような何かを犠牲にしてでも成し遂げる気持ちは消えていたが、人として成長するためにも頑張るつもりだ。
受験生に青春はないなんて親は言うけれど、僕にもう青春は来ない。
これで最後なんだ。
高校に行っても青春は来ず、小説を書く日々が続くだけ。
僕はそれが好きだからやる。
青春最後の夏の覚悟を僕は決めた。
──自分を魅せると言うことは、心の内をさらけ出すということ。
それは、失敗すれば白い目で見られる。だけど、もう怯えない。
あの日の失敗は、経験だから。
「ついに来たねー……。あー、緊張する」
長崎行きのバスに乗って、僕らが泊まる旅館を目的地にしているとき、バンド仲間はそう言った。
バスの中にはギターがふたつあるので、極力降りないようにしていた。
今夜魅せる光景。
デュオの卵が、一夜限りのライブを行う。
曲が終わる度に繰り出される拍手と歓声。
別にそれが恋愛に発展するとかそんな期待はない。
根暗な僕でも、他人を傷つけてしまった僕でも、出来ることはあるんだということを証明したいだけだ。
「うん。緊張はするけど楽しみが勝つと思うよ。ここまで練習してきたんだから、後はいけるはず」
夏休みも、毎日練習した。
放課後も残って練習した。
見返すとかじゃなくて、振り向かせるとかじゃなくて。
僕がいるのは「あの日の僕」が居たからというのを知ってほしくて。
罵倒され、身体的にも精神的にも傷付き、傷付けた日々も、好意を抱いてしまい自分勝手な物語を作り小さな少女に精神的な傷を負わしてしまった罪を背負ったから。
青春の罰を受け入れたから。
今、こうして僕はいる。
バスは、旅館に到着した。
そして、すぐさまご飯を食べて、お風呂に入って、部屋に待機。
さぁ、頑張ろう。
自分のために。
未来のために。
レクリエーション大会の時間がやって来た。
僕らは楽しみながらも、緊張していた。
クラスの人気者たちのダンスを見たり、女子のダンスを見たり、クイズ大会で盛り上がったりした。
時間を忘れるほど楽しい時間だった。
そして、二十二時。
幕を下ろす前に盛り上がってほしい、心の底からそう思う。
誰か一人でもいいから、どうか、心の底から楽しんでほしい。
コッソリと裏舞台へ足を運んだ僕らは、アコースティックギターのチューニングを終え、声だし。
舞台では爆音と自ら作成したプロモーションビデオが鳴って裏の声が聴こえないようにしている。
「本当に来たんだね」
バンド仲間は、出会った頃のように緊張していた。だけど、あのときと違うのは眼鏡の奥の淀んだ瞳が輝いている事だ。
そして、僕も変わった。
アイツと、あの子を傷付けて、自分も傷ついた。
今から歌う九十年代の曲は彼らに心の中で宛てて歌うものでもあるんだ。
「……うん。でもさ、僕らきっと大丈夫。過去を乗り越えてきたからね」
バンド仲間にも、辛い過去があったのを僕は知っている。
「さぁ、いこう」
僕らは舞台に飛び出す。
このとき、この瞬間だけ、僕は根暗な「僕」じゃなくてアーティストとしての「僕」だ。
歓声が耳を貫く。
それも沢山で、温かいものばかりだ。
「皆さんこんばんはー! 早速歌います!」
歓声が心に響く。
単音をバンド仲間と合わせる。
手拍子と歓声は止まない。
自分が出せる最高の歌声とギターテクニックを披露する。
格好をつけようなんて思わない。格好をつけたいとも思わない。僕が僕である証明を。最低だったあの日から成長した証を見せつけた。
一曲目は終わった。
「アンコール!」
「「アンコール‼」」
誰かが言ったその声は徐々に広がり、大きくなっていく。
「アンコール、ありがとうございます! この曲です。どうぞ」
その曲は世界にオンリーワンの花だ。
その歌は動画付きで修学旅行の準備風景が写し出されていた。
僕が知らない、いつ誰が撮ったのかあの日の野球の写真や僕やバンド仲間を中心にした写真や動画が多くあった。
きっと、編集作業の早い先生のサプライズなのだろう。
僕らは、最後の最期まで弦を弾くピックに想いを込めながら歌った。
僕らのライブは最高の幕を閉じて終わった。
「あー、楽しかった!」
「うん。楽しかった。時間って長いようで短いね」
僕らは興奮しながらも、睡魔には勝てずに寝てしまった。
この日々ももうすぐ終わってしまうのか。
高校入試は人生の分かれ道らしい。
偏差値が高い高校に行けば、良い就職先を手にする事が出来る……と言われているのはひとむかし前の話。
もちろん、今も高学歴しか取ってくれない会社があるものの、ほとんどの人間が進むのは中堅の高校だ。
社会を舐めていると思われるだろう。
でも、仕方がないのだ。
人の大多数の人間は凡人なのだから。
僕もその凡人のひとりだ。
三回目になる高校訪問に、僕は緊張をしていた。
五十分のテストを三教科受ける。
国語から始まり、数学で終わる。
国語は予想問題より漢字が難しかった。そして、英語はまあまあな出来だったと思う。
やはり、赤本通り、数学は難しかった。
結果が来るまでこれで落としたと思っていたほどだ。
そして、昼ご飯を食べてから面接を開始した。
二、三個質問され、僕は用意していた答えを言った。
予想がつく質問で本当に安心した。
それから家に帰ってから、ゲームや小説の世界に没頭した。
あの三日間は本当に楽しかった。
そして、数日後、入試結果がポストに投函された。
結果は合格。
僕から緊張はでていき、高校生活への期待が……でるわけなかった。
それから、僕はゲームや小説を執筆する日々を楽しみ、卒業までの時間を過ごしていった。
体に付いていた重りが一気に外された。
卒業までの時間は、主に執筆、ゲーム、友人関係で時間を過ごしていった。
執筆は現在も、他サイトで投稿している青春小説を主にしている。
この作品は僕の自信作でもあるし、これを書き始めてから国語の成績がこれまで以上に伸びた。
ゲームは、元素を操るRPGやサバイバルゲーム、謎につつまれた魔神を殺すゲームをよくやっていた。
そして、友人関係は主にオクさんグループとつるんでいた。
オクさんは人を強引に引きずるが結局は楽しかったと思えて帰っている事が多い。
オクさん、だんちょー、その彼氏、師匠、野球部でまだ関係があったクラスメイト、僕でよく遊んでいた。
受験が終わったから師匠の家で遊んだり。ゲームセンターに行って、メダルゲームで一日中粘ったり。
クレーンゲームでオクさんが一発で景品を当てたり。
だんちょーとその彼氏がイチャイチャしている所を見て、あの子の事が頭に浮かんで悲しくなったり。
色々とあった時間は、あっという間に過ぎ去り、友情を今も繋いでくれている。
「やっぱ、だんちょー見てるとさ。あの子の事が頭に浮かんでくるんだ」
「そっか……。別にそれは仕方ないんじゃないか? ずっと頭に浮かぶって事はその子のような想いを誰にもさせたくないって事だろ。彼女傷付けて、痛いレッテル貼られてもいつかは皆忘れる。それに対してお前が得たものは誰も忘れない。だから、傷付いてよかったと俺は思うけどなぁ……」
オクさんはダルそうに言う。
だけど、その言葉が僕にとって変化をきたすものだった。
夢を見た。
それは、僕がアイツやあの子を傷付けた夢だった。
今でも残っているハンマーの感触。
それを持ち、アイツの頭に向けて、ゆっくりと降り下ろす。
それで覚めてくれる夢ならどれほどよかったのだろうか。
それから、あの子の家の近くに居て、辺りを見渡す。
暗闇のなか、あの子が確かにこちらを見ていて、このせいで僕はストーカーと言われたのかと気がつく。
彼女と目が合うと意識が飛んだ。しかし、夢からは覚めない。
僕は、両親、担任の先生、そしてクラスメイトから冷ややかな目を向けられる。
そして、皆、僕から離れていく。クラスメイトも、オクさんたちも。
そこで夢は終わり、僕は最悪の気分で目覚める。
──もしも、あの日に戻れるなら。
僕は、部活に入らなかった。それなら、アイツを傷つける事もなかったし、自分も傷付く必要もなかった。
──誰も好きにならなければ。恋という概念が存在しなければ。
あの子に涙を流させる事もなかった。僕も最低になる事もなかった。
……なんて。
そんな事、もう二度と思わない。
むしろ、部活に入ってよかった。
協調性を少しでも身に付けれたから。
アイツとぶつかってよかった。
自分と合う人だけがいるわけじゃないと知ったから。
好きになってよかった。
人との距離感を覚えたから。
恋をしてよかった。
自分の命を代えてでも、護りたいものの価値が分かったから。
もし、あの日に戻れるなら。
少しでも輪の中に入れるかな。
ちゃんとした距離感であなたと接する事が出来るかな。
でも、何度戻ってほしいと思っても、願っても、もう、戻れない。
本当にありがとう。
何もない僕と共に過ごしてくれて。
とうとう卒業の日がやってきた。
僕は、親友といつも通り学校に行き、登校後は、朝早くから来ていただんちょーと話をする。
「今日で終わりか。高校頑張って」
「だんちょーも」
だんちょーには支えてくれる人がいるから、きっとこの先は大丈夫だろう。
オクさん、師匠も来て、きっと学校では最後になろう会話を楽しむ。
彼女らが居なければ、僕はバンド仲間に依存するところだった。そうなれば、距離感をまた間違えてしまっていたかもしれない。本当によかった。
卒業式が始まった。
入場後、すぐに卒業証書授与が始まった。
僕は、この三年間の想いを全て持ちながら、演台にあがり、受け取った。
そして、卒業の歌。
一曲目のバラード調の歌で泣いた。
なぜなら、僕の前列にあの子がいるから。
ライトに照らされた艶のあるショートカットの黒髪が儚げに見えたからだ。
二曲目に突入しても、涙は止まることはなかった。
ぼやけていく視界には、僕の願いのような世界があった。
アイツと友達になってあの子の相談者になって、彼とは親友になって皆、同じ制服を着た高校に登校している、ずっと願っていたもう叶わない世界が見えていた。
「お疲れ」
式終了後、親友が僕に駆け寄ってくる。
そして、なにも言わず、写真を撮った。
「……ありがとうな」
照れくさそうにそう言って、他の友達の所に行った。
それがありがたかった。
少し落ち着いた後、バンド仲間とオクさんたちと写真を撮った。
そして、僕は母校を離れた。
最後に視界に映ったのは、僕の見間違いだったのかもしれないけれど、あの子が、僕に小さく手を振って微笑んでくれていた。
そして、帰宅後、一度は落ち着いたはずの涙が再び溢れでた。
卒業式から数日後、僕はオクさんたちや親友、バンド仲間と遊ぶ日々を送っていた。
それは楽しかったし、そのおかげで今も友好な関係を築けている。
だけど、それよりも僕はここ最近ずっと見てしまう夢が気になって仕方がない。
その夢とは、卒業式のときに見た、僕とアイツ、あの子と彼が一緒に高校に登校している幻か都合のいい妄想だ。
もし、傷付けなければそんな未来はあったのかも知れない。
あの子と彼がイチャイチャしているのを、僕とアイツで見守っている。
僕は高校でも野球を続けて、レギュラーを取るため日々頑張る。
……そんな都合の良い夢を見ていた。
もう、それはどれだけ願っても叶わない事だけど。
アイツの事は、まだ許せていない。
あの子の事は、まだ好きなのかもしれない。
彼とは、友達でいれたのかもしれない。
だけど、それらは消えた。
青春って、どれもキラキラしているわけじゃない。それだけが知れたのなら、僕にとっては、大きな一歩かもしれない。
僕のように、後悔を背負いながら、今日も歩く。そんな日々がこれからも続いていくのだろう。
だから、僕は助けてあげたい。
自分と同じように後悔を背負っている人を。
自分を見失って、立ち止まっている人を。
それが、僕の出来る償いであり、あの痛みを、あの涙を、あの怒りを背負わなければいけない責任だから。
ベッドから抜け出す。
ふと、鏡を見ると、そこにいる自分は身長が伸び、少なからず自信に満ちているように見えた。
過去と決別するって、きっとこういう事だと思う。
忘れるでも、心に刻むでもない。
片隅に大切に保管をしておく。
そして、自分の境遇に違和感を感じたときに見返す。
そして、その過去の自分と比べてどんな人間になっているか。
それが、過去と決別するって事だと思う。
僕の中学校生活はこれで終わり。
だけど、僕の物語は、まだ終わらない。
未来の僕にひと言。
この日から僕は後悔を背負いました。
だけど、これを見るのはきっと辛いでしょう。痛いでしょう。苦しいでしょう。
だけど、目を逸らさずに見てほしい。
これが僕の生きてきた証だから。
青春は、始まったばかり。
次あなたたちに会える時は泣いて喜ぼう。