暑い日こそ辛いものが身体に良いという話をどこかで聞いたからか、はたまたそれが俺のくだらない自論だったか思い出せないが、俺は夏に辛いものを食べるのは好きだった。


バイトの休憩中、賄の激辛タンメンを汗だくになりながら啜っていた時、ブーッと一回スマホのバイブ音が鳴ったのだ。


《ハセ死んだらしい》


開いてみれば、そんな端的かつ衝撃的な一文が目に留まった。


メッセージを送ってきたのは、高校時代そこそこ、まあまあ、人並みよりかは確かに仲良くしていた幸村桜司(ゆきむらおうじ)だった。桜司はあの頃、運動神経が学年トップクラスで顔も整っていたから、王子(プリンス)として人気を誇っていた男子生徒だ。プリンス。俺だったら、そんなあだ名は御免だなと心の中でいつも思っていた。



ハセ、死んだらしい。

激辛タンメンからは味が消えた。汗がまるで嘘みたいに冷えていく。ただその8音が脳内を旋回している。ピコンと再び通知が鳴った。


《事故だって。葬式ももう終わったらしいよ》


桜司はただの情報として俺に提供しているのだと思う。箸が滑り落ち、カラカラ……と床を転がった。ハセ。俺と桜司が共通して知っているハセはひとりだ。

いやしかし、本当にあのハセか?
長谷なごみが、死んだ?


ブーッ、ブーッ。電話がかかって来た。桜司からだ。既読をつけたにも関わらず返事をしていないからかもしれない。7コールほど聞いたあとで、ハッと我に返り応答ボタンを押した。


世良(せら)。今大丈夫そ?』


桜司のハスキーな声を聞くのはいつぶりか。桜司に抱く懐かしい気持ちが、文字で見たハセがあの長谷なごみである事実を確信へと変えた。


『死んだのはもう2週間くらい前だって。のどかから俺に連絡が来た』
「……のどか、」
『のどかって覚えてる?長谷のどか。長谷の妹な。俺のどかとずっと連絡取り合ってたんだけど、ここ2週間音沙汰無しで。かとおもったら今日、その話聞いて』
「…そう」
『「世良さんに教えてあげてください」ってさ、頼まれたから』



長谷なごみは死んだ。その事実がこの数分ずっと脳内を這い回っている。


俺がバイト先のラーメン屋でどこかのお偉いさんみたいなおじさんから料理が遅いだのテーブルが汚いだの私がこの店の経営者だったらもっと人気で品のある店にできていただの反吐が出そうなクレームを受けている時か。7.5畳の片づけがままならない物置みたいな部屋で、シャワーを浴びた後 髪さえもまともに乾かさず枕を濡らし、死んだみたいに布団の上で歌ってみた動画を見ている時か。はたまた、部屋の隅に追いやったギターを見つめて、ぼーっとしている時か。

何にせよ、俺が人間的に底辺としか言えない暮らしをしているどこかで、長谷なごみは死んだらしい。


『のどかの連絡先、トークに送っとくから。連絡取り合ってさ、1回くらい墓参り行けよ』


そう伝えられてすぐ電話は切られ、数秒後、《長谷のどか》という連絡先がトークに送られて来た。返信はせずにスマホを切り、画面を伏せてテーブルに置く。落とした箸を拾い、そばにあったウェットティッシュで拭いた。ただ、虚しい、と思った。



『月音は天才だよ』


記憶を巡る声にやるせない気持ちになった。この世でただ1人、才能の欠けらも無い俺を天才と謳う変人は───長谷なごみは、死んだ。