「日永田の鬼遣いの力を借りたのか。氷月。お前には絶望した。いや、元々お前に期待などしていなかったのだが。この烏賀陽の恥さらしがっ」

 唾を飛ばす勢いで、いや、実際にまき散らしながら朔は言い放つ。

「氷月。お前は氷月失格だ」

 氷月失格。その言葉の意味するところを知らない。

「自害しろ」

「え?」

 思わず氷月から漏れた言葉はそれ。目の前には道場に飾られていた刀が転がっている。いつの間に。

「介添えは俺がしてやる。父親として、最後の義務を果たしてやる」

 ふっと笑う朔の目が赤く光ったようにも見えた。

「自害?」
 つまり、この父親は娘に向かって死ね、と言っているのだ。

「お前が氷月としているかぎり、新しい氷月を迎えることはできない。昔から烏賀陽の鬼遣いは十二人と決まっている。一人が死ねば一人が増える。そういうものだ」

 つまり、氷月ではない誰かを氷月とするために、氷月に死ねと言っているというわけだ。

 バン、と道場の扉が勢いよく開いた。そのようなことをされてしまったら、父親の怒りは頂点へと達してしまうというのに。

「お父様」
 現れたのは声から察するに皐月だ。鬼に呪われ、その命を奪われるかもしれないとされていた皐月だ。この道場に来ることができるくらいまで、体力は回復したのだろう。

「氷月は、鬼の角を持って帰ってきました。そのおかげで私は助かりました。どうか、命を奪うのだけはやめていただけませんか?」

「皐月。お前はこの父に意見するというのか?」

「いえ。懇願です」

「命を助けてもらっただけで、絆されやがって」
 ふん、と父親は皐月の頬をピシャリと叩いた。だが、それはいつも氷月が受けているものよりも弱い。

「懇願するくらいなら、そこで氷月の最期を見届けろ」

「お父様」

「氷月、刀を取れ」

 ああ、自分はもう人として扱われていないのだな、という思いが氷月の中に駆け巡った。鬼遣いとして認めてもらえなかっただけでなく、人として生きることさえも奪われてしまった。できることなら、鬼遣いとしてではなく人として死にたかったな。

 氷月は黙ってその刀を手にした。道場にこの刀が飾られていたのは、こうやって鬼遣いを始末するためか、ということを改めて感じた。
 よくわからないけれど、最期に一歳に会いたいな、と思った。きちんと礼を伝えていなかったから。だからだろうか、口からぽろりと彼の名が零れてしまったのは。

「助けて……」

 一筋の光。それが、一歳(ひととせ)の真名。