烏賀陽(うがひ)一族。それは、鬼を封じる能力を持つ一族であり鬼遣いとも言われている。

 鬼は気、気は鬼。

 鬼は知らないうちに現れ、知らないうちに人々を蝕んでいく。鬼に蝕まれた状態のことを、鬼憑(おにつ)きという。その鬼憑きの人々を救うのが鬼遣いの任務。つまり、烏賀陽一族の存在意義でさえもあった。
 烏賀陽一族の鬼遣いは十二人いる。それは烏賀陽頭領の烏賀陽(はじめ)の十二人の子供たち。女は睦月を一番上として、如月、弥生、皐月、葉月、そして氷月の六人。男は長卯月、且月(しょげつ)蘭月(らんげつ)詠月(えいげつ)大月(たいげつ)、霜月の六人。今は六男六女の朔の十二人の子供たち。だが、母親は異なる子供たち。全ては烏賀陽一族の血を残すため。

 その烏賀陽一族の末っ子的存在の氷月であるが、この烏賀陽一族に引き取られたのは四年前。小学校を卒業した年だった。そのまま地元の公立中学校へ進学するものと思っていた。父親がいない母子家庭であったが、その母親も小三の時に亡くなり、母方の祖父母の元に引き取られた。だけど、生活には困らない程度のお金を母親は残してくれていたようで、それをやりくりしながら祖父母と共に慎ましく暮らしていた。

 ところが、小学校の卒業式を終え、祖父母と記念写真を撮っていた時に現れたのが烏賀陽朔という男。彼の姿を見た時の祖父母の怯えた顔を氷月は今でも覚えている。

「お前が朝陽(あさひ)の娘か」

 朝陽は氷月の母の名前だ。それにコクンと頷くと、朔は不気味な笑みを浮かべていた。おの日のうちに祖父母と別れ、この烏賀陽の屋敷へと連れてこられた。それまで名乗っていた名を捨てて。

「お前は烏賀陽一族の娘だ。鬼遣いとして任務を全うしろ」

 それが氷月の父親と思われる朔から言われた言葉。氷月には鬼遣いという言葉に馴染が無かった。それから、十一人の姉と兄たちを紹介された。全て、母親が異なるという姉と兄たち。同じであるのは父親だけらしい。
 六男の霜月が氷月と同い年だった。烏賀陽一族の通う学校は、郊外にある私立の中高一貫校だった。烏賀陽の屋敷からは使用人が運転する車で送迎される。同学年の霜月はもちろん一緒に登下校するわけで、その登下校の間にこの烏賀陽一族について教えてくれた。氷月にとってこの霜月という義兄は、心許せる存在になっていった。
 霜月が言うには、鬼遣いの一族にはこの烏賀陽一族の他に日永田(ひえいだ)一族もいるらしい。ただ、鬼憑きに対する考え方の違いから、少し対立しているところもあるとか。

「氷月は、鬼遣いとして目覚めたばかりだから、中学生のうちは屋敷で訓練をする必要があると思う。実践は高校生になってからかな」

 霜月が言っていた通り、中学生のうちは屋敷の道場で鬼遣いとしての能力を高める訓練を行った。それに付き合ってくれたのは長男の卯月。氷月とは一回りも年が離れている兄だった。大学の博士課程に進学しており、わりと時間が自由に使えると本人は言っていた。六人の兄たちは優しかった。いや、むしろその視線から感じ取ったのは同情。

 それに引き換え、五人の姉たちは氷月に厳しかった。何かしらミスを見つけるとすぐに役立たずと罵ってくる。何が役立たずであるのか、氷月自身はわからない。だけど、高校生になった今、本当に役立たずであることを実感した。

 三年間の訓練を終えた氷月は、高校生になった年に姉たちと鬼遣いとしての任務へ赴いた。鬼憑きの人間から鬼を祓い、それを封じるという任務。烏賀陽一族の鬼遣いたちは鬼を封じることを第一に優先する。だから、鬼憑きとなった人間たちの生存の保証はしない。
 朔が言うには、鬼を封じないと新しい鬼憑きを生むことになるから、だそうだ。だからこそ、残酷に鬼を封じなければならない、と。
 だが、氷月にはそれができなかった。何しろ、彼女には肝心の鬼が見えなかったのだから。
 そして今日、その彼女を庇って怪我をしたのが、姉の一人である皐月だった。なぜ今日にかぎって、皐月が自分を庇ったのかはわからない。氷月にとって、鬼が見えないことは今に始まったことではなく、兄や姉たちにとっては周知の事実だったはずなのに。