「呼ぶの、(おせ)ーよ」

 いつの間にか黒装束に身を包んだ一歳の姿があった。いや、一歳だけではない。他に十二人の日永田の鬼遣いたち。

「なぜ、日永田の鬼遣いがこの烏賀陽の道場にいる?」
 刀を手にした朔がじろりと一歳を睨みつける。

「鬼退治のためだな」
 は、と一歳が笑った。
「いや、鬼封じか」
 どうやら相変わらずのようだ。

「皐月。こちらの鬼遣いたちを呼べ」
 朔の目はギラリと怒りに満ちている。だが、皐月はその言葉に従うようなことはせず、じっとその場に立ち尽くしているだけ。
「皐月。私の声が聞こえなかったのか」

「聞こえております」

「なら、さっさと呼んでこい」

「父上。我々なら、先ほどからこちらにおりますよ」
 これは卯月の声だ。その声のした方に氷月が視線を向けると、こちらも白装束を身に纏った十人の烏賀陽の鬼遣いたち。
 烏賀陽と日永田。こうやって鬼遣いが勢ぞろいすると壮観だな、と氷月は呑気にそんなことを考えていた。
 卯月がすっと刀を抜いた。その刀は人を斬るための刀とは少し異なる、鬼を封じるための刀。

「卯月、貴様。父に刀を向けるのか」

「どうやら、烏賀陽の頭領は耄碌爺のようだ」
 ははっと、一歳が笑う。
「人を斬る刀と鬼を封じる刀の見分けさえつかなくなったのか」

「なんだと?」

「氷月、結界を張れ。範囲はこの道場内」

「え」

「下手すると、この屋敷が吹っ飛ぶぞ。明日から家無しになってもいいのか。お前ら全員、家無しだ」
 氷月だけであれば家無しになっても困ることはないのだが、この屋敷に住まう他の者たちまでも家無しになるのは困るな、と氷月はのんびりと思った。だから、一歳の命令に従い、道場内に結界を張る。
 その行為に驚いたのは、烏賀陽の鬼遣いたちだけではない。日永田もまた然り。

「頭領」
 日永田の一人が呟く。
「見つけたのですか?」

「ああ」

「氷月。あなたはこちらに来なさい」
 皐月に呼ばれ、結界を張り終えた氷月は呼ばれた方へとタタタと駆けていく。
「皐月姉さま。ご無事、だったのですね」

「ええ、あなたのおかげ。ありがとう」

「いえ」
 いろいろ皐月に言いたいことはあるのに、言葉が出てこなかった。その間に、鬼遣いたちは朔を取り囲んでいく。

「皐月姉さま。お父様はどうされたのですか?」

「お父様は鬼に憑かれたわ。鬼憑きとなったの」

「え?」

「以前からその兆候はあったのだけれど。お父様に憑いた鬼は狂鬼(きょうき)よ」

 鬼遣いの烏賀陽の頭領が鬼に憑かれた。これは恥ずべき事案である。
 一歳の合図で、白と黒の鬼遣いがそれぞれに動き出す。何かと戦っているように見えるのだが、鬼の姿を視ることができない氷月には彼らがただ暴れているようにしか見えない。
 そうやってしばらく眺めていたが、立っていた父親がふらりと倒れたことだけは見届けた。と同時に、氷月も気を失った。