「幸せにおなり、和泉」

寒々しい、白々しい言葉。
幸せにおなり、だなんて。

言葉を失っている和泉をよそに、養父と養母はそそくさと寝室に引っ込んでしまった。

『お前のようなズタボロ女でも、先方は受け入れてくださるそうだ。感謝しろ』
『蔵にある晴れ着で行きなさい、そんな身なりではうちの品格が疑われるからねぇ』
『よく尽くしなさい、愚かなおまえにできるのは、それくらいなのだから』

そのような言葉が聞こえた気がしたが、和泉は上の空だった。
幸せになんて、なれるはずがない。

救児院の子どもたちに、なんて言おう。
姉から毎月送られてくる仕送りはどうなるのだろう。
百円という結納金は……?

どう考えても、答えはひとつだった。

唐紅家の人々に、すべて取られてしまう。
旧い家ではあるが、長いこと没落していた。
御維新の騒ぎに乗じて、再び財を成した菊次郎は金の亡者だ。

「あ……あぁ……」

思わず、膝をつく。
町の人々が、あの張り紙のことをどう言っているか知っていた。

『生贄だよ、ありゃ』

昔からの習わしで、本当に生贄として屠られるのか。
あるいは悪趣味な金持ちが、若い乙女を買い上げ娶るための口実か。

どちらにしても、あのような貼り紙にまともな令嬢が名乗りをあげるはずはないのだ。

(生贄……か……)

嘆き悲しむような体力も気力も、和泉には残っていない。
ただただ、全身から力が抜けてしまう。

自分のようなものがどこに行こうと、状況が変わるとは思えない。
生贄でもなんでもいい。
ただ──そのたいそうな結納金のいくばくかだけでも、子どもたちの暮らしのために使ってほしい。

和泉の頭にあったのは、そんなことだけだった。