当たり前の日々というのは、いつだって唐突に終わる。
寒風に吹き飛ばされる枯葉のようなものだ。
和泉の苦しいながらも平穏といえなくもない日々も、たった一通のおふれで突如として終わった。


『募集。婚姻適齢期の令嬢』


郊外のこの町掲示板に、そんな告知が張り出された。


『委細極秘。結納金、金百圓也』


要するに、花嫁の募集だった。
ただし、相手については何も明かせない。
しかし、先方からの結納金は百円──新品の自動車が買えるほどの値段だという。

そのほかには、連絡先だけがそっけなく書きつけられた張り紙。
性質(たち)の良くない悪戯かと思われていたそれは、村の代議士や有力者いわく『本物』なのだそうだった。

和泉は、自分にはまったく関わりのない話だなと思っていた。
そもそも、募集されているのは『結婚適齢期の令嬢』だ。

今年で十七になったので、結婚適齢期ではあるかもしれない。
だが、ボロをまとって、髪も肌もずたぼろで、手はあかぎれだらけの自分は、どこからどう見ても令嬢ではないのだから。
義理の姉、椿のような少女が令嬢だろう。女学校を今年卒業し、今もお花やお茶などの手習いで日々充実している。
和泉はといえば、一応、世間体を気にした養父母によって尋常小学校には通わせてもらったが、それきりだ。

しかし。
そんな、ある夜。
夕食の片付けをしていた和泉を、養父母が珍しく呼び出した。
菊次郎と和江は舶来品の応接セットに腰掛けて、板の間に正座している和泉をチラリと伺う。

「お前、そんなところに座っていないで。こっちにかけなさい」
「え……」

菊次郎にソファをすすめられて、驚いて固まってしまった。
平素であれば、同じソファに腰掛けることなど許されない。

「もたもたするんじゃないよ」
「は、はい」

養母にぴしゃりと言われて、慌てて従った。
和泉の軽い体を、ソファは柔らかく受け止めてくれる。ああ、こういう座り心地なのか。

戸惑う和泉に、咳払いをひとつして菊次郎はじっとりとした視線を向ける。

「……娘に対して、親が最後にするべき責任を果たそうと思う」

娘。
この人は、自分のことを呼んだのだろうか。

「血は繋がってはいないが、娘には違いない。となれば……よき伴侶を選ぶのが親のつとめだろう」
「は、はい……?」

まっとうな言葉のはずだ。
自由恋愛という先進的な価値観は、帝都のモダンガールのもの。
ほとんどの女子は、親や周囲の決めた相手と結婚することになっている。
もちろん、身分や金によっては見合いという形がとられるわけだ。

だから、和泉の相手を選ぼうという言葉自体は変なものではない。
けれど──彼らは、今まで一度だって和泉を娘と呼んだことはなかった。
「おまえ」や「おい」あるいは「ぐず」というのが、この家での和泉の呼び名だ。

(……どういうことだろう……)

胸がざわざわする。
和泉は、身を強張らせて養父の言葉の先を待った。


「和泉。お前を、例の張り紙の『お輿入れ』に推薦しておいた」
「……っ!」