「行かなきゃ……私、行かなくちゃ」

和泉は、そのまま雑木林へ向けて駆け出そうとする。
一瞬、躊躇した。

もしも、助けに行ったとして、唐紅の者たちがすんなりと和泉を帰してくれるとは思えない。そもそも、たったひとりで乗り込んだとして、葉書に書かれた「×」を覆せるだろうか。

でも、いや、だからこそ。
──行くしかない。ここに留まるという選択肢など、和泉の中にはありえない。

だけれど、せめて何か留守にしている虹治に何か残さなくては。
和泉はほんのひと言だけ書き置きを残す。
履き物をはいて、戸締りをする。
火の始末だけは間違えてはいけない。

「……いって、きます」

今はここにいない虹治にそう告げて、和泉は走り出した。



湿気った空気が立ちこめる『唐紅救児院』。
苦しそうな息遣いが立ち込めている。

「はぁ……はぁ……けほ、けほっ」

子どもたちの中で一番幼いみつ子が、せんべい布団に寝かされている。
心配そうに見守る一弥は、勝ち気な彼には珍しく涙を浮かべていた。

「ごめん……ごめん、みつ子。薬、どうしても買えなくて」

一弥が本当の姉のように慕う和泉が、得体の知れない相手に嫁入りさせられてから数ヶ月。
はじめ、この救児院の所有者である唐紅家の人間から金が支給された。和泉が嫁いだことで手に入った結納金の一部だという。

「……それをあげるから、あとは自分たちでどうにかしなさい。世の中は厳しいの……自分で稼がなくては生きてはいけなくてよ?」

和泉にかわって、救児院を任されたという椿は一弥にそう吐き捨てて、それ以来一度も顔を見せていない。

おおかた、可哀想な子どもたちに手を差し伸べる、救児院の運営をするご令嬢──そんな評判のためだろう。
唐紅の家のものは、この見窄らしい孤児たちのために新たに人を雇うことすら、損だと考えるのだ。

金だけを渡されて、小さな子どもが生きていくのは難しい。
十一歳の一弥が必死に切り盛りしても、食うだけで精一杯。
ふたばと次郎も身の回りのことをアレコレと頑張ってくれているが、やはり限度はある。

そんな中、ずっとニコニコと笑っていた末っ子のみつ子が熱を出したのだ。

環境の変化に、ずっと無言で耐えていたのだろう。優しくて、自分たちの面倒を見てくれた、和泉ねえさま。

(でも、和泉ねぇは幸せになってるんだ、きっと……ぜったい……)

だから、自分たちは自分たちでどうにかしなくては。

「……でも、俺たちじゃ……」
「けほ、けほ……いずみ、ねーね……」

苦しそうなみつ子に、一弥は唇を噛んだ。

「たすけて……和泉ねぇ……」