俺が、怖いか。
その質問に、和泉は迷うことなく答えた。


「いいえ。旦那さ……ではなく、虹治さまは、ちっとも怖くはありません」
「……本当か」
「はい」

和泉は頷く。
たしかに、虹治は恐ろしいほどに無表情だ。
語ることにも無駄がなく、削ぎ落とされて鋭い言葉の印象である。
美しい顔立ちをしていることもあり、もしかしたら世間では「怖い」と評されるのかもしれない。

けれど、得体の知れない「花嫁候補」である和泉を追い返すこともなく受け入れてくれた。案じてくれた。
言葉やふるまいの端々に滲む優しさを、きちんも和泉は感じていた。
幼い頃から虐げられ、心も体もずたぼろにされた和泉にとっては、不器用でひかえめな虹治の優しさは心地よかった。

だから、「怖くない」という言葉には、少しの嘘もないのである。


「……そうか。ありがとう、和泉さん」


ほんの少しだけ虚をつかれたような表情をしたあとに──

(……? 虹治さま、いまとても……寂しそうなお顔をされた……?)


ずっと、人の顔色を伺いながら生きてきた。
怒鳴られたり、殴りつけられたりしないように。
虹治のわずかな表情は、そんな和泉の心に僅かな違和感を残した。

「…………」
「なんだ? 俺の顔がそんなに珍しいか」
「い、いえ! あの、おかわりは召し上がりますか?」
「いや、もう満足だ。ごちそうさま」
「はい……ごちそうさまでした」

手を合わせて、一日の初めの糧に感謝する。
いただきます、ごちそうさま──そんな何気ないことを共に行うと、なんだか本当に夫婦になったような気分になってしまう。

(やだ、私は何を考えているの)

和泉の身を憐れんで、虹治がここに置いてくれているだけだ。
あんなおかしな花嫁募集の貼り紙に応募してきた者が──何の価値もない、見窄らしい女が、美しい彼の隣にいるなどありえない。

身の程を知らなくては、後から恥をかくに決まっている。
唐紅の家で、幼い頃からそう叩き込まれてきたのだから。