1990年、若い人は知らないだろうが、この年は子供たちにとって、待ちに待った一年だっただろう。
 そう、年末にあの任天堂から伝説のスーパーファミコンが発売された年である。

 だが、僕の家。
 味噌村家には、それを買う事も予約する事さえ許されなかった。

 遡ること、半年前。
 夏休みのころだった。

 次男の三太郎(さんたろう)と僕、幸太郎(こうたろう)は一緒にファミコンをやっていた。
 このファミコンは、長男の林太郎(りんたろう)が父方の叔母に買ってもらったものだ。

 当初から、僕の父キャベツは、このゲームという玩具に関して、良く思っていなかった。
「バカになる」
「勉強しなくなる」
「目が悪くなる」
 ありがちな団塊世代の屁理屈だ。

 正直、今思えば、子供たちをゲームに盗られるのが嫌だったというわがままにすぎない。

 僕と三太郎は、年が近く仲が良かった。
 だが、仲が良すぎて、ケンカも絶えなかった。

 その日は蒸し暑くて、家の窓も全部開けて、玄関の扉を開けても風が入らない。
 エアコンを嫌うキャベツのせいで、僕と三太郎は汗をかきながら、ゲームに熱中していた。
 確か協力対戦ゲームだったと思う。

「違う! そこじゃない! アイテムはそっちだって!」
 僕がそう、兄の三太郎に助言するが、彼はそれを煙たがる。
「うるさい! 幸太郎は黙ってろ!」
 こんなのは、男3兄弟だから日常茶飯事だ。

 しばらく言い合いになっていた。

 一方の父、キャベツはリビングで誰かと電話していた。
 90年代初頭、携帯電話も普及しておらず、ピンクのダイヤル式電話で話していた。
 後々、母から聞くと、仕事の電話だったらしい。

 僕と三太郎が大きな声でケンカしていると、急にキャベツが子供部屋に乗り込んできた。

「うるせぇ!」

 ビクッとして、振り返る僕と三太郎。
 そこには顔を真っ赤にした鬼のようなキャベツの姿が……。
 気がついたときはもう遅かった。
 謝る隙も与えず、キャベツは僕たちにむかって、猛突進。

「やかましい! このクソおもちゃが悪い!」

 その瞬間、ファミコンが宙を浮かんだ。
 僕の目の前を通り過ぎて、コンセントが抜け、背後の壁に本体がぶち当たる。
 
 無惨にも差し込んでいたカセットは三つに割れてしまう。
 ファミコン本体の方は、角が壁に一瞬、突き刺さると穴をあけて、ポトンと床に落ちた。

 僕と三太郎は、驚きと恐怖で号泣した。

 捨てセリフを吐いてさるキャベツ。

「すぐに捨ててこい!」

 小学校二年生の夏だった。

 割れたカセットは、くしくも友達からの借り物で、僕たちが壊したわけではないのに……。
 母のレタスに言われて、お年玉で新品を買い直し、ラッピングまでして返した。
 これを機に、キャベツは味噌村家のゲームを全面禁止するというわがままを決行する。
 
 僕が自由にゲームをできるようになったのは、10年後だ……。

 年末にテレビでCMを見ていると、スーパーファミコンの発売日が近づくことを知った。
 それを見て、長男の林太郎が毎回、僕たちに言う。

「お前らのせいだ」

 ああ、理不尽……。