悶着があった時、結果としてフィリカはそいつに軽くない怪我を負わされた。だが、相手の性質上、それで気が済んだとはどうしても思えないのだ。
 しばらくは大人しくしているかも知れないが、いずれ必ず、彼女に復讐してくるに違いない。それが逆恨みであることには、思い至ったとしても認めはしないだろう。そういう奴だ。
 ……しかし中隊長の補佐でしかない自分には、当人に直接働きかけることはできない。中隊長に頼んだとしても難しいだろう。確証がなくては懲罰対象にはならないし、忌々しいことに相手は中隊長よりも身分が上だった。
 いっそ、彼女が除隊してくれれば守りようもあるのに……あるいは素直に昇進を受け入れていれば、あの人物でも簡単には手出しできないぐらいの階級にはなっているだろうに。
 だがフィリカは自分から軍を辞めはしないし、今後も昇進は拒否し続けるのだろう──彼女が以前にも増して頑なになってしまったのは四年前、正式入隊直後に父親と乳母役を亡くしてからである。
 幾度となく覚えた無力感を感じながら、見送る彼女の背中が見えなくなってようやく、レシーは自分の宿舎へと足を向けた。



 単身者、つまり独身の兵士用の宿舎はいくつかの建物に分かれており、女性用は他から離れた場所に建てられている。男性との不必要な交遊を防ぐためで、宿舎の利用者でも出入りする際には身分を示すものの提示が必要なほど、管理は厳重だった。
 門番に軍共通の紋章と、副隊長であることを示す腕章を見せ、許可を得て宿舎に入る。
 自分の部屋に向かう間、何人かの同僚とすれ違うが、例外なく無言で身を避けた。一見無関心を装いながら、視線にはこちらに対する様々な感情が含まれている。複数でいる場合にはあからさまに目配せし合う。大抵は反感を込めて、時には恐れるような色を浮かべて。
 どんなふうに思われようと今さら気にしないが、目立つのは未だに嫌で仕方なかった。自分が人目を引くことは認めざるを得ないから、なおさらだ。
 父から受け継ぎ、育てられた才能に関しては感謝している。だがそのために妬まれたり、妙に注目されたりするのは望んだことではない。
 より正確に言うならば、女だということが、必ず修飾詞として付いてくるのが納得いかない。軍人としての実力に男女が関係あるとは思わないし、自分が女であること自体がそもそも、たまらなく嫌だった。
 男であれば、周りの反応がこうも過敏になることはなかったのではないかと──それ以前に、父を失望させることもなかっただろうと思うからだ。
 そして、人より整っている容貌もまた、フィリカが己を厭わしく思う一因である。他人の含みのある視線が鬱陶しいというだけではない──自分を産んで程なく亡くなった母親に酷似しているからだ。