どれほどの時間、泣き続けたでしょう。
声も枯れ、涙が尽きてもわたしは嗚咽を止められませんでした。
今まで長い間…巡礼よりもっと前、母様が居なくなってからずっと、わたしは心の奥底に大切な感情を仕舞い込んでいたような気がします。
子どものように泣いて泣いて、泣き疲れて、仁雷さまの腕の中で、わたしはいつしか意識を失うように眠ってしまっていました。
「…………う…。」
浮上する意識に伴って、ゆっくり目を開けば、すぐ近くに琥珀色の瞳が見えました。
仁雷さまはわたしの目覚めに気付くと優しく微笑んで、
「…おはよう、早苗さん。」
温かな声色で挨拶をして下さいました。
「……おはよう、ございます…。」
無意識にわたしも返します。
提灯が灯る暗がりの中よりも、明るい朝靄の中のほうが、その穏やかなお顔がよく分かる…。
連なる鳥居の合間に見える空は白んでいて、とうに夜明けを告げていました。
「……わたし、あのまま眠ってしまったのですね…。」
「ああ…。」
「…仁雷さま、ずっと……そばにいてくださったの……?」
階段に座り込む仁雷さまの腕の中に、わたしの体は小さく収まっていました。
安心する山の香り…池泉の洞の中でも、同じ安らぎを感じたことを思い出します。
「……わたしの想いを知って、きっと幻滅されたでしょうね……。」
「………。」
仁雷さまは表情を少し曇らせますが、視線を逸らしはしませんでした。
「…でも、仁雷さまを困らせたい気持ちなんて…これっぽっちもないんです…。
それだけは、信じてくださいませ……。」
「………。」
口を閉ざし、わたしの言葉に耳を傾ける。
「わたしは犬居の娘ですもの…。
きちんと、狗神様と向き合います……。」
そう苦し紛れに微笑めば、
「俺も、正面から向き合うよ。
貴女のお陰でやっと勇気が持てた。」
「え…?」
言葉の意味は分かりません。
そのすぐ後に、仁雷さまの顔がこちらへ近付いたかと思うと、
「…っ。」
おでこに接吻をひとつ、落とされました。
ゆっくり離れる唇。わたしはつられるようにそちらに目を向け、ぼんやりとした頭の中で、
「……いま……。」
やっと、今起こった出来事を理解しました。
頬が、体中が熱を持ちます。顔を離した、落ち着いた表情の仁雷さまと目が合うと、一層動悸が早くなりました。
「……あのっ、な、なぜ……その…っ。」
仁雷さまの真っ直ぐな瞳に捉えられてしまい、逸らしたいのに逸らせない。
けれど、
「ーーー早苗さん。
俺を信じて、付いて来てくれるか?」
「………あ……。」
この方は本当に不思議。
その真っ直ぐな瞳に嘘偽りの無いことが、これほど自然に分かってしまう。
わたしは高鳴る胸を抑え、顔を真っ赤に染め上げたまま、
「はい……っ!」
はっきりと答えることが出来ました。