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早苗さんが、ゆるゆると首を横に振る。
信じられない、信じたくない、と言うように。
「………うそ。母は昔、流行病に罹って亡くなったのです。」
「…いいや。きみのお母上は十年前、犬居の娘の身代わりとして巡礼に挑んだ。そして、志半ばで命を落とした。」
「……うそです。
母は外山から来た…妾だったんです。犬居の血が流れていないのに、生贄に選ばれるはず、ありません……。」
「お母上自身の意志だよ。
“自分は狗神への信心が深いから”と。
何より…まだ幼かった犬居の娘…“早苗さん”を生贄に献げることを躊躇い、正体を偽って自ら生贄になったんだ。」
「……そんな、…そんなの……。」
蚊の鳴くような声を漏らした後、櫓の手摺りに縋り付くようにして、早苗さんは項垂れてしまった。
やはり。耐えられないほどの大きな衝撃だろう。これを口にするおれ自身、胸が張り裂ける思いだ。
…だけど、言わないわけにはいかない。
だってこれは、秋穂さんの最期の願いなんだから。
「…早苗さん、思い出話を聞いてくれる?
十年前。仁雷とおれが、きみのお母上…秋穂さんと出会った時のこと。」
早苗さんは俯いたまま微動だにしない。
けれど耳は傾けてくれていると信じて。
おれはひとつ深呼吸をすると、未だ鮮明に思い起こせる当時の情景を、順を追ってゆっくりと、語り始める…ーーー。