山犬達は皆、祭りを心から謳歌しているようでした。
きっと彼らにとって、この祭りは何より尊ぶべきものなのでしょう。
山犬の面を被って、皆と同じ物を食すわたし…唯一違うのは、わたしは山犬ではなく、人の身であるということ。
境内の隅に建てられた、古い物見櫓の上からは、そんな大狗祭りの全容が見渡せました。
「ここ良いだろ。おれのとっておきの場所なんだ。」
義嵐さまは嬉しそうに言いながら、手にした串団子を口へ運びます。
わたしの手にも、焼き目がついて香ばしい匂いを纏うお団子が一串。このお団子の屋台を始め、義嵐さまはお勧めのお菓子や工芸品の屋台などをたくさん案内してくださいました。
「…義嵐さまは、大狗祭りが大好きなのですね。」
「山犬達が集う唯一の機会だからね。
“狗神への感謝を表す”って名目も、“賑やかな雰囲気を味わいたい”って思うのも、人の祭りと何ら変わらないよ。」
巡礼の最後の聖地。身構えていた部分もありましたが、お祭りとは本来、そこに住まう者達が一堂に会して、交流が生まれる場。
もっと肩の荷を下ろして楽しんで良い所。
もしかすると義嵐さまは、わたしのために…。
「あの、義嵐さま。ありがとうございます。
わたしに最後に、楽しい思いをさせてくださったのですよね?」
「…分かった?
態とらしかったかな。」
「いいえ、そんなことありません。」
やっぱり義嵐さまはお優しい。
そして、同じお使いである、仁雷さまもまた。
「義嵐さま。わたしはもう大丈夫です。
仁雷さまを捜しに行って参ります。」
「…………。」
ふと、義嵐さまの顔が曇りました。
その目は賑やかな祭りではなく、もっと遠くに向けられて。
かと思えば、こちらへ向き直った彼の瞳は、ひとつの強い決意に燃えていました。
「………早苗さん。
おれと一緒に、遠くへ逃げる気はない?」
「………え……?」
突然の申し出に、わたしは手にしていたお団子を思わず落としてしまいます。
串は櫓の遥か下へ下へと落ち、音すら聞こえなくなります。
「…義嵐さま、ご冗談でしょう…?
なぜそんなことを…?」
わたしの巡礼への決意を、義嵐さまは知ってくださった。
それなのに、なぜ…?
「おれはどうしても、きみを死なせたくない。
これは、巡礼の試練で命を落とした、秋穂さんとの約束なんだ。」
「…………っ。」
背筋に冷たいものが走りました。
義嵐さまの口にした名。秋穂。
それは昔病死した、わたしの母の名だったのです。