芒に囲まれた一本道を辿り、目的地の白露神社に近付くにつれ、囃子の音は大きく賑やかになっていきます。
だんだんと薄暗くなる空とは対照的に、神社は赤い柔らかな光を帯びていく。それは、境内を彩る無数の提灯による明かり。

大きな木目の鳥居の前に立ち、わたしは高鳴る胸を抑えます。
境内には、食べ物や玩具を立ち売りする屋台が並び、何とも色鮮やか。境内の中央に聳える舞殿(ぶでん)の中で、太鼓や笛の囃子方(はやしかた)が、軽快な音を鳴らしています。
楽しげな笑い声。陽気な歌声。祭りを楽しむ、たくさんの老若男女の姿…。わたしの見知ったお祭りの雰囲気そのものでした。

仁雷さま、義嵐さまに続き、わたしはお辞儀をしてから鳥居を潜ります。
領域内へ足を踏み入れると、一層祭りの熱気が強まりました。見渡す限りの人、人、人。

右を見れば、竹製の弓と玩具の矢を用いた射的が行われています。
左を見れば、甘い香りのする、色とりどりで形も様々な飴細工が並んでいます。
一歩進むごとに、毛色の異なる屋台が現れ、わたし達の目を楽しませてくれました。

目移りが止まらないわたしを、義嵐さまが見兼ねてしまいます。

「ほーら早苗さん、(はぐ)れるよ。遊ぶのは神社の参拝が済んだ後な。」

「あっ、そ、そうですね…!」

お二人と少し距離が空いてしまい、わたしは慌てて後を追いかけます。
その時です。擦れ違い様に一人の女性が、

「ーーーあれ?貴女の匂い。」

わたしの首元のにおいを嗅いだのです。

「…ひゃ!?」

突然のことに、わたしは思わずその場で固まってしまいます。
わたしに顔を近づける女性は…一人ではありませんでした。彼女を筆頭に、近くを歩いていた方々が、物珍しげにわたしの匂いを嗅ごうとするのです。

「……あ、あの、あの…何でしょう…?」

「………んー。
…やっぱり!“仁雷”の匂いだわ!」

最初の女性が口にした仁雷さまの名。そして、顔が近づいて初めて気づく、皆様の“琥珀色の瞳”。
もしや、ここにいる方々は全員…、

(みな)、久しぶり。」

こちらへ戻って来た仁雷さまが、親しげに皆様に声を掛けました。
次いで、わたしに彼女を紹介してくださいます。

「早苗さん、この祭りに参加しているのは皆、仲間の山犬だ。」

「そ、そうでしたか…っ!
初めまして、早苗と申します。」

たくさんの琥珀色の瞳…やはり、人の姿をしているけれど、山犬。わたしは緊張で固くなる身を、何とか一礼させます。
すると、皆様が口々に不思議なことを仰るのです。

「ふふ、可愛い〜。ちっちゃい山犬だこと。」
「毛並み具合が仁雷の仔犬の頃に似てるな。飴でも買ってやろうか。」

「え、山犬…?」

至って平然と仰る皆様。
確かに今のわたしは山犬の面を被っているけれど…ちょっとしたお戯れなのかしら。言葉の意味を考えあぐねているわたしに、そっと義嵐さまが耳打ちをします。

「……今の早苗さんは、仁雷の面で山犬の匂いを纏ってる。だから誰も、君が人間と気付かないよ……。」

なるほど。義嵐さまの仰った「仲間みたい」とは、比喩ではなかったのですね。
わたしが山犬…。全く違う自分を装うという体験は、奇妙ですが何だか心浮き立つものがありました。

お祭りを謳歌していた周りの方々が、話と匂いに気付き、続々と集まって来ました。
いくつもの琥珀色の瞳が、わたしの顔を覗き込みます。匂いをクンクンと嗅ぐのは皆様共通のようで。

「本当!仁雷と似た匂いだわ!」
「外山から来たの?楽しんでおいきなさいね。」
「仁雷、まさかお前の子か?匂いが同じだな。」

「子ッ!?ち、違う!彼女は…客人で…っ!」

仁雷さまが慌てて否定してくださいますが、どうやらわたしは、皆様の目には、仁雷さまのお子くらいの歳に映るようで、内心ちょっと複雑な思いでした。

それにしても、皆様なんと仲の良いこと。
きっと山犬同士の結束は深いのでしょう。仁雷さまと義嵐さまのお二人はとても仲良しですが、ここにいる山犬の皆様とも、昔馴染みらしい気軽さ。仁雷さまのお顔も、どこか緩んだ雰囲気が感じられます。

ーーーなんだか、心地好いわ…。

例え、仮初めの面だとしても、山犬の方達の輪の中に混ぜていただけたような和やかさに、わたしは一人癒されていました。

…と言いましても、わたしはあまり匂いを嗅がれるのには慣れていないものですから、だんだんと恥ずかしさで肩身が狭くなっていくのです。

「あ、あの…そんなに……嗅がないでくださいませ……。」

「……お前達!あんまり早苗さんを物珍しがるな!詰め寄るな!!」

仁雷さまが皆様を解散させてくださったおかげで、わたしはそれ以上の恥で溶けてしまわずに済んだのでした。


「ほら早苗さん!仁雷も!おれ達が今優先すべきは参拝!いいな?」

背後から待ち兼ねた義嵐さまの腕が伸びて、わたしと仁雷さまの手を掴みました。

「わ、分かったから!義嵐…!
…あ、じゃあ皆、また…。」

「あ、み、皆様、失礼いたします…っ!」

多くの山犬の瞳に見送られながら、仁雷さまとわたしは、そのままズルズル引きずられる形で、白露神社の拝殿へと伴われるのでした。