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わたし一人の足で、緋衣様の塒へ辿り着くのはとても時間が掛かってしまったけれど、義嵐さまの足はそんな徒労などあっさりと越えてしまうのです。

緋衣様達の脚にも追いつくかと思えば、あっという間にお二人を追い抜いてしまいました。

「…ぎ、義嵐さますごい…!」

【へへん。今はね、体力が底無しなんだ。】

みるみる小さくなっていく、緋衣様の社殿。
そして代わりに、瓢箪池の中央に架かる、大きな反橋の全容が見えてきます。
目を凝らせば、反橋の緩やかな弓形(ゆみなり)天辺(てっぺん)に、先客の姿が確認できました。遠目からでも分かります。大きな体に、青い着物と青い髪。あれは間違いなく…青衣です。
傍らには、白猿のあけびさま。

そして、

「あっ…!!」

青衣の足元に、拘束されぐったりと横たわる芒色の髪…仁雷さまの姿があったのです。

義嵐さまは反橋を駆け渡り、青衣のすぐ前まで迫ると、鋭い爪を用いてその場に急停止しました。

「じ、仁雷さま……っ!」

義嵐さまの背から転がるように降り、わたしは仁雷さまのほうへ駆け寄ろうとします。
…が、それは青衣の大きな体によって阻まれました。

「ーーー久方ぶりじゃのう、犬居の小娘。
不敬にも、そなたが呼び立てたのじゃぞ。はようこの儂に宝を差し出して見せよ。」

青衣は笑っています。
“出来るものならば”。そう侮っていることは明白です。
あけびさまは青衣の後ろで、小さく体を震わせています。心なしか…お体に傷が増えているような…。

「……っ。」

弱気になってしまいそうな自分を奮い立たせます。
今、わたしがすべきこと。

「……青衣。
あなたに会ってほしい方がいます。」

そう告げ、後ろを振り返ると…わたし達に追いついた緋衣様が、唖然とした顔で、初対面となる青い狒々を見つめていました。

「………そなたが、“青衣”か…!
なるほど、いかにも無法者らしい男じゃ。」

「……貴様が“緋衣”。
思うた通り、いけ好かぬ女じゃのう。」

青衣は眉間に、深い皺を刻んでいきます。
これまで敵対し合ってきたお二人です。相手の顔を見ようなどとは、これまで思わなかったのでしょう。

「…早苗殿。これ(・・)がそなたの申しておった宝か?青衣と儂を対面させ、よもや和解でもしろと申すか?」

緋衣様の声は重く冷たい。
その迫力に圧倒されそうになりながらも、わたしは胸の前でギュッと手を握って言います。

「…そうかもしれません。
わたしは、“あなた方”が試練の答えだと思っております。」