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回想を終え、拘束状態の俺は、正面の青衣を睨む。

「……それで?俺をどうする?
傷の報復として、同じ目に遭わせるか?」

命乞いはしない。奴が俺に触れた瞬間、その喉笛を噛み切るだけだ。そしてさっさとここから出て…。

「残念だがな、儂は貴様を直接痛め付けられんのだ。何せ貴様は、重要な“狗神の使い”であるからな。
…貴様はただこの場所で、犬居の娘が宝を持って参るのを待てば良い。」

「……っ!?」

青衣の言葉には含みがあった。

「それ、どういう意味だ?まさか、早苗さんの身に何か…。」

「知らぬな。儂はとうに、“今回の娘”を諦めておる。
貴様は言ったな?“猿を一匹たりとも娘に触れさせるな”と。約束通り、儂は猿を一匹たりとも(けしか)けぬ。

あの娘は今頃、山中を宛てもなく彷徨い、何かの偶然で池泉に辿り着くか。… あのまま野垂れ死ぬか。

そうなればまた十年後に、別の犬居の娘が送り込まれるだけじゃ。
…そうして巡礼は続いて来たのではないか。」

青衣の真意を察し、俺は激しい怒りを覚えた。
この体に施された呪いは、腕だけでなく、全身の自由までもを奪っている。青衣の方から接触しない限り、俺は永久にこの場に留まり続けるだろう。

「……お前は俺に直接手を下せない。だから、俺をここに縛り付けて、飼い殺すつもりか…!!」

早苗さんたった一人で、俺と義嵐の助けも無しに深い山の中…生きて池泉に辿り着けるはずがない。ましてや、水中の宝を持ち帰るなんてことが出来るはずがない。

遭難、野生の獣、飢え…。山の中での生存率は、極めて低い…。
青衣は早苗さんを見殺しにし、次の犬居の娘を待つ気なのだ。
なんて狡猾な男。憎くて憎くてたまらない。あの不敵に歪む顔を食い潰してやりたい。

「………クソッ…何が、“信じる”だ……。」

狗神は言った。
“青衣に従え。”
“早苗さんを死なせない。”
あの言葉は嘘だったのか?
早苗さんの巡礼を中断させるための、口車だったのではないか?

俺の中で不信感と、怒りが増長していく。

拘束された体を無理矢理解こうと、俺は大きく体を反らせた。
同時に、全身に鋭い痛みが走る。無数の針を刺し込まれるような、火で焼かれるような、未だかつて経験したことのない痛みだ。

「………ッ…!!」

激痛に一瞬怯むが、諦めてはいない。俺はなおも抵抗を続ける。
…しかし、体の拘束が解ける気配は少しも無かった。

「愉快じゃのう、山犬の小僧。無駄な足掻きは命を縮めるだけじゃ。(こうべ)を垂れ、儂に命乞いをしてみろ。」

俺の姿を嘲る青衣。
その不遜で傲慢な態度に、誰が屈するものか。誰が(へつら)うものか。

早苗さんを救う手立てが、生死を確かめる術が、今の俺には無い。
それは自身の死よりも、よっぽど恐ろしいことだった。

「…お前の機嫌を取るくらいなら、早苗さんと一緒に()の世に逝く方が、千倍良い。」