すると、先頭を歩いていた義嵐さまがピタリと足を止めました。
仁雷さまも同時に足を止め、前方の暗闇に目を凝らします。

「……どうなさったのです…?」

暗闇の奥に、ぼんやりとした明かりが見えました。
それはゆらゆらと揺らめきながら、だんだん大きくはっきりと見えます。こちらへ近づいてくるようです。

何者かと身構えていると…暗闇から現れたのは、わたしの半分ほどの身長の、白毛のお猿だったのです。

【犬居のお嬢様。狗神様のお使い様。
お待ちしておりました。】

まん丸の提灯を携え、赤い前掛けをして、頭の毛を丁寧に撫で付けています。
青衣の洞穴のお猿と同じ毛色ではありますが、こちらはどこか人間味を感じさせました。

【道中お疲れ様でございます。
私は狒々の主・緋衣(ひごろも)様の使いで参りました、(かき)と申します。

どうぞ、我らの(ねぐら)へおいでくださいませ。】

そう言い、恭しく頭を下げる柿さま。
すると、今しがた柿さまが歩いて来た道に、ポツポツと等間隔で明かりが(とも)りました。

よく目を凝らせば、仲間と思しき白いお猿達が、同じような提灯を持って夜道を照らしています。

ちらりと義嵐さまを見遣れば、微かに警戒しているよう。

「緋衣とかいう名に覚えはないなぁ?
今日は朝から、狒々に散々な目に遭わされてるんだ。素直に付いてく気分になれないよ。」

【…心中お察しいたします。青衣めは無類の乱暴者にございますから、さぞご苦労があったことでしょう…。
しかし、緋衣様はとても慈悲深いお方。此度の巡礼について、早苗様の試練達成のお手伝いをさせて頂きたいのでございます。】

柿さまと目が合いました。

信じて良いものか…不安はあります。
けれど、消えた狒々王さまと、素性の分からない二人の主。何か関係がある予感がするのも事実。

「…仁雷さま。わたしは、付いて行きたい…と思います。」

「………。」

仁雷さまは少しの思案のあと、

「分かった。早苗さんの意向に従う。
だが危険と判断すれば、すぐさま牙を剥くぞ。」

返答を聞いた柿さまは安堵したように頷きました。踵を返し、提灯の道を先導し始めます。
後ろをわたし達三人が付いて歩きます。
仁雷さまに抱えられながら、わたしはこの先に待つ未来を想像するのでした。