肉を裂く、生々しい音がしました。

しかし、不思議とわたし自身に痛みはありません。恐る恐る目を開くと…、

「あっ!」

青衣とわたしの間には、二頭の山犬がいるではありませんか。芒色と炭色の大きな山犬。それぞれが、青衣の首と腕に噛みついているのです。

「…じ、仁雷さま!義嵐さま!」

お二人の牙の餌食となった青衣は、悲痛な叫びを上げました。
体勢を崩した隙をお二人は見逃さず、息の合った動きで、青衣の体を後ろへ叩き込みます。
社殿の壁に体を何度も叩きつけられ、逃れようと暴れる青衣。
三者がもつれ合い荒れ狂う様は大嵐のよう。度重なる衝撃で、社殿全体が大きく揺れ…、

「あっ…!」

梁と天井が落ち始め、その上の岩までもが崩れ落ちて来ました。落盤が起きたのです。

「きゃっ!」

わたしは思わず、頭を抱えてその場に伏せます。
けれどそれより僅かに速く、わたしの体は誰かに抱え上げられました。

「あっ…、仁………!」

人の姿の仁雷さまです。
山犬の姿の義嵐さまが盾となり、わたし達三人は崩れ行く社殿から、間一髪外へ脱出しました。


「……はぁっ、はぁ…!」

背後を振り返り、わたしは唖然とします。
朱塗りの柱は見事に折れ、社殿全体が崩壊してしまいました。
ですが、九死に一生というべきか、崩壊したのは最奥の社殿のみ。大勢のお猿の住む民家や蔵のある一帯の天井は、綺麗な切り出しのおかげか、落盤は起こっていませんでした。

今しがた何が起こったのか。混乱する頭を必死に整理していると、

「…っ!」

誰かに強く抱きしめられました。
男の人の広い胸。覚えのある匂い…。

「…じ、仁雷さま…!助けに、来てくださったのですね…!」

芒色の髪の仁雷さまでした。
仁雷さまは何も言わずに強く…雉喰いの時よりも強く、わたしを抱きしめます。
今回ばかりはわたしも、本当に死を意識してしまったものだから、

「……っ。」

そしてひどく安心してしまったものだから、仁雷さまの胸に顔を埋めて、声を殺して、ほんの少しだけ涙を滲ませました。

傍らの義嵐さまも、何も言わずにわたしの頭を撫でてくださいます。
それがさらに、わたしの涙を誘うのでした。