雉喰いの体がすっかり溶けきり、殻内部のどろどろと混じり合ってしまった。
もう嫌な気配も、音も聞こえません。
「……はぁ……はぁ…。」
終わった…のかしら…。
荒く呼吸を繰り返すわたしの目線の先。微かに月明かりが覗く殻の入り口から、
「ーーー早苗さんっ!!」
仁雷さまが手を伸ばしました。
山犬ではない、人の姿。竹藪を歩く時も繋いでいた大きな手。それを見て、わたしは反射的に手を掴みます。
粘液によってぬるつく手。
それでも離さぬようにと、仁雷さまはわたしの手を強く掴み返し、力の限り、わたしを殻の外へと引っ張り上げてくださったのです。
ぬめりのせいもあり、わたしの体は殻の外へ勢いよく飛び出して、そのまま仁雷さまの腕の中へ収まりました。
体中が汚い…。ひどく生臭い…。そんなことも厭わず、仁雷さまはわたしを強く抱きしめます。
「…あぁっ、早苗さん…っ!
無事か!?怪我は!?」
耳元で叫ぶ仁雷さま。
わたしは何度も何度も頷き、仁雷さまの体を抱きしめ返して応えます。
「……り、竜胆さまが、くださった…お塩のおかげです…っ。雉喰いは…消えて無くなっ、て…っ!」
体中がぬるついて気持ちが悪い。
体も声も震えて上手く喋れない。
先ほどの恐ろしい光景すべてが頭の中に蘇ってきて、胸がざわざわする。
泣き出してしまいたいくらい…。
そんなわたしを、仁雷さまは一層強く包み込みます。
「……すまない、すまない早苗さん…!
だが無事で…生きていてくれて、本当に良かった…っ。」
なんだか泣きそうな声…。
仁雷さまの顔を見上げたとき、血が一滴、ぽたりとわたしの頬に落ちました。
それは仁雷さま、義嵐さまが、雉喰いとの闘いで負った傷の血でした。
「…っ!」
その血を見たとき、わたしの中に込み上げていた雉喰いへの恐怖心は、不思議とどこかへ追いやられてしまいました。
「…わ、わたしよりも、お二人とも怪我されてるわ…!早く手当をしないと…。」
「……えっ…。」
仁雷さまは驚いた顔をしてから、そうだな、と短く言い、わたしの体を離しました。
かと思えば、今度はわたしを抱え上げます。
獣道を歩いていた際と同じ抱え方。地面が遠のく感覚も同じです。
「雉子亭に戻ろう。君影への報告と…皆体を休ませないとな。」
そう言う仁雷さまは、もう泣きそうな声ではありませんでした。
落ち着いた目でわたしを見つめています。
その目を見ていると、さっきまでの恐怖がみるみる薄れていくことに気が付きました。
ーーー仁雷さまが、わたしを安心させてくれている…。
「……は、はい、お願いします…っ。」
目を合わせ、言葉を交わし合うわたし達を、
「………。」
義嵐さまが物言わず見つめていたことを、わたしは知りませんでした。