「……ひゃっ…!!」

内部に入った瞬間、経験したことのない感触に震え上がりました。
殻の中はどろどろの粘液のようなもので満ちており、わたしの全身に纏わりついて、奥へ奥へと潜らせていくのです。

強固そうな外見とは打って変わり、殻の中は月の明かりを薄らと透けさせて、虹色に輝いています。…幻想的ではあるものの、得体の知れない粘液も相成って、この上なく不気味な光景となっていました。

わたしは嫌な気配を察して、振り返ります。

「ひっ!!」

まさか、と言うべきか。やはり、と言うべきか。
わたしが侵入したことに気づいた雉喰い自身もまた、殻の中へと潜って来たのです。

大きな体を器用にくねらせて追いかけて来る様は一層恐ろしく、わたしはさらに奥へと逃げます。

…が、それにも限界はありました。
奥へ進むほど空洞が狭くなっていくのです。
わたしは自身の体よりも狭い隙間に潜ることが叶わず、穴の途中でつっかえてしまいました。

「…あっ!」

しかし、それは相手も同じ。
わたしよりもずっと大きい体を持つ雉喰いは、辛うじてわたしに爪が届かない位置で、足止めを食らっていました。

仁雷さまの一撃によって傷つき、もはやわたしを視認できない顔面。
闇雲に腕を振り回す姿に、わたしは震え上がります。

ぎゅっと両手を胸の前で組んだ時、手に“何か”かが当たる感触がありました。

「……あっ…。」

懐から取り出して見てみると、それは夕餉の際、竜胆さまにいただいた抹茶塩の小箱でした。

「…塩……っ。」

わたしは雉喰いの顔を見遣ります。
神事を生業とする犬居家の者は、塩がどれほど特別なものかを知っている。

「……狗神さま…っ。」

ーーーどうかお守りください。

わたしは決死の覚悟で、小箱の中の塩をすべて、雉喰いの顔に振り撒きました。


塩が顔に触れたとたん、雉喰いはこれまでよりも一層大きな叫び声を上げました。
熱した鉄に焼かれるような音が殻の中に響き渡り、塩が触れた部分から、雉喰いの顔がみるみる溶け出していきます。
両手を顔に当てがい、力の限り掻きむしります。けれど塩の力が上回っているためか、塩に触れた手も、胴体も、みるみる形を失っていくのです。

塩は清浄な力を持つとされます。
雉喰いが悪しきものであるなら、その体も清められていく。

ーーーただのまじないなどでは、なかったのね…。

わたしは目の前の恐ろしい光景から決して目を離さずに、雉喰いの体が溶けて消えていくのを、じっと最後まで見届けました。